肺癌ステージ3に該当するQ&A

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肺がん(ステージ4:肋骨転移) 抗がん剤治療について

63才の母のことでお伺いします。11月下旬に肺がんが見つかり、12月14日の追加検査で肋骨への転移が認められました。以下検査結果の概要です。 病名 :肺腺がん(ステージ4) 原発部 :左上肺部(鎖骨の裏側あたり)、直径2cm弱 転移部 :左第5肋骨、大きさ不明 腫瘍マーカー数値:90超(通常は5以下とのこと。) 母はここ20年来糖尿病を患っており(経口薬による治療を続けています。)、3年ほど前には狭心症で倒れ、その際血管を「金網の筒」で拡げる手術を受けています。 担当医からの説明では、こうした経緯(既往症)を踏まえて、現段階では痛みもないため、放射線治療は行わず、体力の消耗を避けながら、抗がん剤治療を行うのがベストではないかとのことでした。 なお、抗がん剤は「パラプラチン」と「タキソール」の二剤を使用し、これは副作用が比較的少なく、広く一般的に取られている組み合わせとのことでした。 また、効果が出る確率はあくまで10〜40%とのことで、やれば必ず効くというものではないという説明も同時に受けました。 そこでお伺いしたいのですが、母のような状況(がん自体の進行状況・既往症など)からして、この抗がん剤の組み合わせは妥当なものなのでしょうか? また、この抗がん剤治療を行った結果、あまり効果が得られなかった場合に、その後の選択肢としてはどのようなものが考えられるのでしょうか(他の抗がん剤への切替え、全く別の治療法への変更等)? ご教授のほどよろしくお願いします。

1人の医師が回答

肺がんの心膜浸潤についつ

person 70代以上/男性 - 解決済み

75歳父の肺がんの件です。昨年10月に地域医療のレントゲンとPETCTで心臓近くの肺葉内に2つのがんと 胸水、縦隔の腫れが見られたのですが、大きな病院を紹介いただき左上葉切除となりました。 術後結果2つの違う癌種(扁平上皮癌T4N1M0と腺がんT2N1M0リンパ転移、横隔膜神経浸潤(再建)、心膜浸潤がわかりました。肺葉内に空洞ができており、いつ感染してもおかしくなかった状況だったことから 切除の意義はあったと言われました。術後の治療は、病院規定では75歳でギリギリのラインですが 主治医からご提案いただき2月から術後抗がん剤スタートします。 抗がん剤治療に関しては、生存率に5〜10%上乗せ程度なので 本人は気乗りしておりませんでしたが、シスプラチン+リノレルビン4コース その後、アテゾリズマブ1年予定しています。呼吸器内科主治医から、ステージ3aだから5年生存率30%に抗がん剤で5〜10%上乗せと本を見せられ言われたのもあり本人も決意したようです。しかし、心膜浸潤を調べてみると、どこにも予後12〜18ヶ月とあるので「?」となりました。実際の余命はどれくらいだと思いますか?実際12〜18ヶ月として抗がん剤治療をした場合変わると思われますか?ちなみに遺伝子変異は両方陰性、PDL1は扁平上皮癌が5%、線がんが70%です。お答えを参考に次週主治医に電話で質問したいと思っています。

3人の医師が回答

癌性腹膜炎で再入院しました

person 60代/女性 -

前回も質問させて頂いた、母について教えてください。 60代後半、独居、肺癌ステージ4 3週に1度の点滴で、抗がん剤投与をしていましたが、最近は抗がん剤の効果があまり期待できず、現状維持ができていると言えるギリギリのラインで、あと何回抗がん剤投与出来るか分からない、これ以上の治療は体力的にも厳しいのではないか、との事で主治医から在宅医療を勧められていました。 母も悩んだ末に4/25に予定されていた抗がん剤は中止し、5月より本格的に在宅でのサポートを受けられるよう、体制を整えている最中に5/2、尿が出ない事とお腹の張り、嘔吐の症状で主治医のいる病院へ救急搬送し入院となりました。 主治医からは癌性腹膜炎とのことで、体力低下もあり今後の回復は難しいかも知れない、と話がありました。 オブラートに包んだような言い方でしたが、数日で容体が悪化することも見込まれ、そうでなくとも1ヶ月程度、夏までは望めない、と説明を受けました。 4/25に受診の際、MRIの検査結果を聞きましたが、その時には目立った変化はなかったようです。 抗がん剤を中止したことで、先々の体調の急変はそれなりに覚悟していたつもりですが、どうにか現状維持していたものがこんなに早く悪化するのは、よくある事なのでしょうか? 抗がん剤によって抑制出来ていたものが、出現したと捉えれば良いのでしょうか? 病院や医者の方針や説明について、不満があるのではなく、私の理解が追いつかないため助言頂きたく質問させて頂きました。

3人の医師が回答

レンビマ服用中の血痰について

person 70代以上/男性 - 解決済み

現在肝臓癌で闘病中の父のことです。 ステージ4aで、地元の病院では抗がん剤しか残されてないと言われ、レンビマを飲み始めましたが、数日で吐血入院。 一錠減らして飲み始めましたが、3週間で下痢が止まらなくなり緊急受信。 その後ストップしていましたが、県外の病院でカテーテルでの肝動中をしていただけることになり、毎月入院しお願いしていました。幸いにも効果はあり元気にすごせていたのですが、今回のコロナ騒動で交通機関が麻痺しさらに、治療先がコロナ多発地域だったため3か月間治療に行くことができませんでした。 その間地元の病院で、血液検査のみ行っていましたが、先々月あたりに腫瘍マーカーが目を疑うような数字になっておりました。 そのため、気休めにしかならないだろうが、といいながらも再びレンビマを一日置きに1錠というかなり少ない飲み方で飲むことになり今1ヶ月半飲んでいます。 体調は悪くなく、2週間前の血液検査では腫瘍マーカーは相変わらずかなり高いのですが、他は落ち着いております。 しかし、レンビマを飲み始めてから毎日血痰がでるようになったらしく、心配です。すべての痰が血痰ではないようで、真っ白の時もあるが、茶色っぽい時もあればうすいピンクの時もあるようです。 肺のレントゲンは3か月前には撮り異常ありませんでした。 もちろん、腫瘍マーカーがここまで上がっているので肺に転移の可能性があるとは分かってはいます。 ただ、可能性としてレンビマの副作用として血痰が起きている可能性はないのか、もしくは肺癌以外に血痰がここまで続く可能性はあるのか知りたいです。 もともと痰が絡みやすく痰を切るのにものすごい力を入れて咳払いをします。ちなみに、血小板も5.5しかないので皮下出血もしょっちゅうで血も止まりにくいです。 よろしくお願いします。

2人の医師が回答

母、乳がんからの転移。治療方法を知りたい。

person 50代/女性 -

母52歳、私26歳。弟25歳。母の身内は私と弟のみ。祖父を肺ガン、祖母を乳がん、祖母の妹を乳がんで無くしております。 母の乳がんの概要は、 2年前の9月に乳がんが発覚。完全なガン家系な為母も半年に一度は必ず検診へ。マンモと併用し乳腺症もあった為1年毎には細胞診も行っていたにも関わらず見つかった時には既にステージ3Bでした。またトリプルネガティブで治療方は化学療法と手術のみ。半年間、術前化学療法を行い3週間に1度アブラキサンを3クールとFECを3クール。残念ながら化学療法の効果はなかったです。去年の5月に全摘手術を行い、その後放射線治療も首から下へ25回行いました。その後は半年に1度、定期検診を行っておりました。半年前の検査では何事もなかったのですが今回8月の検査で肝臓が疑わしいということでPETを行いました。血液検査では未だ全く健康な数値しかでません。 で、今回乳がん専門のクリニックから大きな病院へ紹介状をもらいそちらで再度精密な検査を行った所 *肝臓への転移でガンの形が歪で4cm強(胆嚢にも浸潤可能性あり)*左首下のリンパ節へ転移2cm強 かかりつけのクリニックではラジオ波治療を進められていましたが不可能と言われました。外科的手術もオススメしないとのこと。 うちではもう診察不可との事で、もとのクリニックへ戻り化学療法をするしかないと言われました。半年前は何もなかったのに、半年でここまでなるのはスピードもすごく早いとも言われました。 私は今からどう動けばいいのかわかりません。かかっていたクリニックの院長があまり好ましくなく、母はあまりあそこには戻りたくないと言います。誰も頼る人もいなく、本当にわかりません。みんな乳がんで亡くなるのかと私自身もすごく怖いですが、何とか母の今後の治療をしっかり考えてあげたいのです。どうすればいいんでしょうか?乱文で申し訳ないですがお教え頂きたいです。

1人の医師が回答

乳がんからの転移。治療法は?

person 20代/女性 -

母52歳、私26歳。弟25歳。母の身内は私と弟のみ。祖父を肺ガン、祖母を乳がん、祖母の妹を乳がんで無くしております。 母の乳がんの概要は、 2年前の9月に乳がんが発覚。完全なガン家系な為母も半年に一度は必ず検診へ。マンモと併用し乳腺症もあった為1年毎には細胞診も行っていたにも関わらず見つかった時には既にステージ3Bでした。またトリプルネガティブで治療方は化学療法と手術のみ。半年間、術前化学療法を行い3週間に1度アブラキサンを3クールとFECを3クール。残念ながら化学療法の効果はなかったです。去年の5月に全摘手術を行い、その後放射線治療も首から下へ25回行いました。その後は半年に1度、定期検診を行っておりました。半年前の検査では何事もなかったのですが今回8月の検査で肝臓が疑わしいということでPETを行いました。血液検査では未だ全く健康な数値しかでません。 で、今回乳がん専門のクリニックから大きな病院へ紹介状をもらいそちらで再度精密な検査を行った所 *肝臓への転移でガンの形が歪で4cm強(胆嚢にも浸潤可能性あり)*左首下のリンパ節へ転移2cm強 かかりつけのクリニックではラジオ波治療を進められていましたが不可能と言われました。外科的手術もオススメしないとのこと。 うちではもう診察不可との事で、もとのクリニックへ戻り化学療法をするしかないと言われました。半年前は何もなかったのに、半年でここまでなるのはスピードもすごく早いとも言われました。 私は今からどう動けばいいのかわかりません。かかっていたクリニックの院長があまり好ましくなく、母はあまりあそこには戻りたくないと言います。誰も頼る人もいなく、本当にわかりません。みんな乳がんで亡くなるのかと私自身もすごく怖いですが、何とか母の今後の治療をしっかり考えてあげたいのです。どうすればいいんでしょうか?乱文で申し訳ないですがお教え頂きたいです。

1人の医師が回答

肺がん 咳と痰のコントロール

person 60代/女性 -

肺がんは緩和ケア、肺気腫で呼吸器内科にかかり在宅酸素をしています。告知を受けたのが2月10日。左肺の非小細胞癌でステージは恐らく3b。痛みに関しては、今月に入って肩甲骨辺りに痛みが出るようになり、10日程前からは咳をした時に左胸に痛みが出てきたようです。腕が痛い日もありました。肩甲骨辺りの痛みが出て暫くしてからオキノームをレスキュー用に処方して頂き、今まで3回服用しましたが、基本的にはロキソニンを1日3回飲んで、数日前からモーラステープを胸や腕など痛みがある箇所に貼って、痛みのコントロールをしています。今一番苦しいのは、咳と痰です。フスコデを1回2錠、1日3回。痰の切れが悪いのでアンブロキソールを16日から1日3回1錠ずつ服用してたのですが、痰が改善せず、声も掠れてしまい、痰があるので重い、湿った咳も増えています。なので緩和ケアの先生に相談して、アンブロキソールを一旦中止してみることになりました。昨日の昼の分からアンブロキソールは飲んでいません。今日も痰は変わらず、しつこくあるようで、常温の水分を飲むと咳が出てしまいます。冷たい飲み物や普通の食事は噎せたりせず出来ています。検査をしていないので、症状が進んだことで痰や咳が増えているのか分かりません。母は症状の進行は知りたくないと、緩和の先生もそれは理解して下さり、状態によって薬の調整をする感じです。痰に関して、ムコダインを飲んだら改善するでしょうか?咳は、フスコデの量を増やしたり、違う薬で軽減させることは出来るのでしょうか?次の診察まで17日あり、それまで今のままで良いのか…私としては気になることがあれば病院に行ってほしいのですが、母は病院に行くと精神的に疲れると言って積極的に行きたがりません。まして昨日行ってきたばかりだから尚更です。でも、去痰剤を何も飲まず、咳止めもフスコデ1回2錠1日3回のままで良いのでしょうか?

8人の医師が回答

在宅酸素療法 息苦しさが改善されない

person 70代以上/男性 -

80才の父のことで相談です。 2013年3月に肺腺癌 ステージ4 と診断されました。原発巣は右上葉肺癌 36mm でリンパ節と脳硬膜転移の可能性があると言われ、5月から 抗ガン剤治療を4クール 行いました。アリムタとカルボプラチンです。 幸い抗ガン剤の効果が出て、原発巣の癌が小さくなったところで、主治医の許可をいただき、定位放射線治療をしました。 9月下旬から10回毎日通い放射線照射をうけ、 その後の健診でも癌はおさまり、結局疑われていた脳転移もなかったようで、父も元気に過ごしていたのですが、2016年2月頃から息切れがひどくなり、普通に歩くことも大変になり、4月に入院し、在宅酸素療法をはじめました。 それから1年、以前より息苦しさがひどいのと、食欲がなくなり この1年で10kg以上体重も減り、痩せ細って心配です。 安静時0.5 動作時3 です。放射線の先生は 間質性肺炎、主治医は慢性呼吸不全と書いています。このひと月でも体重が2kg減り 173cm で47kg になってしまいました。 先週造影CT検査を受けましたが、悪い所はなさそうです。KL-6 は1310 です。父が主治医に苦しいと訴えて、スピリーバ2.5 を処方して いただきました。今は毎日家のソファに座って過ごしています。お風呂も大変のようで 2日に1回になってきました。 ネットで糖鎖栄養療法というのを見つけ、息苦しいのが楽になった、とありますが 父の場合 なにか改善の手段はありますでしょうか? 息苦しさが少しでも解消されれば また以前のように外出もできるのに、と思います。父が家で動けないので、世話をする母も かなり大変で なんとかしないと、と悩んでいます。 ご助言よろしくお願いいたします。

1人の医師が回答

肺腺がん 癌性髄膜炎 意識障害について

person 60代/女性 - 解決済み

肺がんステージ4の母(68)についてご相談です。 3年前に肺腺がんと診断され、9ヶ月点滴による抗がん剤、ジオトリフ→タグリッソがそれぞ9ヶ月、今年の6月に耐性と言われ、背骨と腰の転移、脳転移、癌性髄膜炎と診断されました。 7月19日から入院し、全脳放射線、背骨の放射線治療中で、今月の7日に抗がん剤点滴(パクリタキセル、カルボプラチン)を受けましたが、14日に突然高熱を出し、血圧も低下し、今晩かもしれないと告知されました。 約12時間後には血圧も戻り山は越えたと言われました。 食事は全くとることが出来ず、点滴のみで1週間。話しかけても反応が薄く、どこか一点をじーっと見つめてるかと思えば目を逸らす、寝たきりの状態です。 担当の医師は、急変の原因が1,癌性髄膜炎の悪化、2,低ナトリウム血症による脳神経障害、3,感染によるもの と仰っていましたが、山を越えたと言われた夜中よりも意識のレベルが低いように思います。 反応がないだけで、聞こえていて話もわかるらしく、尋ねるとうんと首を振って答えます。 また、金曜と月曜の2日にわたり、血小板減少とのことで輸血を受けました。 今後また急変の可能性があるのか、意識の低下は癌性髄膜炎によるものなのか、考えられる原因と今後の予測を教えていただけるとありがたいです。 入院した1か月前は自分で歩いて病院に来ました。抗がん剤を受ける前は話すことも笑うことも出来ていました。14日に急変し持ち直してからの1週間は日に日に反応が弱くなり、気力というものを一切感じません。あまりに急激な変わりように恐怖を感じております。 母の枕元でしか主治医に尋ねることが出来ず、躊躇してしまっております。 よろしくお願いします。

3人の医師が回答

蘇生後脳症 余命

person 70代以上/男性 - 解決済み

70才、男性 尋常性天疱瘡で半年前から入院していました。 その後、敗血症性ショックで八月に危篤になりましたが持ち直し、もうすぐ退院予定でした。 肺癌も発覚しましたが、本人の家に帰りたいとの希望により一度、退院してから仕切り直しで治療に入る予定でした。(ステージは3a~bとのこと。) 急に心筋梗塞を起こし、心肺停止。入院時、延命はしないと希望を出しましたが、家族到着まで心マをして35分後に自己心拍再開。そして人口呼吸器をつけられ低体温療法になりました。12時間後より血圧が下がり低体温療法中止。36時間後、昇圧剤Maxにて80/40平均で危篤と連絡あり、駆け付けましたが、持ち直しています。 72時間後の脳波検査で「意識が戻る可能性はあるが長期戦になる。3~6ヶ月程度で意識が戻るかも」と説明がありました。気切して経菅栄養をと言われましたが、本人が延命を望んでいなかったこと、何があっても下の世話等家族に負担をかけたくないとよく言っていたこと、意識が戻っても癌の余命もあること、そしてここ数日で天疱瘡が再発していることなどもあり、家族として経菅栄養はしない選択をしました。 今は昇圧剤も使ってなく、心拍安定、血圧120/80前後、自発呼吸あり、意識なしで安定しています。 尿は50/hです。 点滴は昨日まで1日1000mlでしたが、今日から500mlになりました。浮腫は手~肘までがひどいです。 残された時間は先生ははっきり言いません。 仕事もありずっと着いていられないのですが、最後は絶対に居てあげたいと思います。もし、残された時間が少ないのであれば仕事の調整をしたいと思っています。 どれくらいまだ時間はあるのでしょうか?

5人の医師が回答

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