糖尿病通院しなくなったに該当するQ&A

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父(76歳)が、脳出血で救急搬送されました。

person 70代以上/男性 - 解決済み

2週間前に、父(76歳)が脳出血で救急搬送されました。朝なかなか起きてこないので母が寝室に見に行くと、上向きに寝た状態のまま嘔吐しており、目は開いた状態で弱く呼吸していたそうです。呼吸レベルが悪かったので、救急車の中で口から直接管を入れる措置を行っていただいたそうです。 お医者さまによると、右視床からの出血で、脳室穿破による水頭症も引き起こしていたそうで、命を守るための手術として脳室ドレナージ術を行ったそうです。左手足に麻痺があるとのことでした。このまま意識が戻らないかもしれないこと、戻ったとしても麻痺が残り、寝たきりになって自分で食事をとったり、家に帰ることは難しいだろうということを告げられました。手術後に呼びかけると、目は閉じたままでしたが、声をかける度に血圧が上がり、声が聞こえているような反応を示してくれました。 次の日、目が開いていたのですが、目の動きが安定せずに、呼びかけると血圧は上がるのですが、反応は前日と同じでした。水頭症が改善され、目が開いたとのことでした。翌々日、呼びかけても最初ボーッとして反応がなかったのですが、ふと我に返ったように反応し、「お父さん、分かったら右手を握り返して」と言うと、しっかりと何度も握り返してくれました。口に管が入っていたため苦しそうでしたが、目も何かを訴えかけるような表情をしてくれました。痛みに対し、右腕が30cmくらい上がったこともあったそうで、先生も驚いていらっしゃいました。 しかし、その日をピークに反応が悪くなり、目が開いていても、声をかけても反応がほとんどなくなりました。血圧が反応して上がっていたのも、変わらなくなりました。その後数日間は39度超えの高熱が続き、けいれんを起こしていました。手もパンパンに浮腫んでいました。しかし、現在では熱も平熱に戻り、けいれんも収まり、顔や手の浮腫も随分と引き、状態はかなり落ち着いてきました。口に管が入っているときついからと、今では気管切開していただき、人工呼吸の状態です。ただ、少しずつ機械の量を減らしていただいているようで、もしかしたら、1ヶ月のうちに人工呼吸器が外れるかもしれないと、主治医の先生には言っていただいています。最近では、日中目が開いている時間も増えてきたようです。目が開いていても目線はしっかり合いませんが、時折何かを訴えかけるような表情があったり、手を握ってという問いかけに対し、ピクッと指が動くようになりました。 昨日から一般病棟に移ったのですが、コロナの影響で週に2日、15分ずつしか面会できません。面会に行っても寝ていることが多く、起きているときに会えることが少ないです。家族は、意識が回復すると信じて声をかけ続けています。 そこで先生方に教えていただきたいのは、個人差はあると思うのですが、一般的にこのような症例の場合、今後どのようになる可能性が高いのか、また最も最良の場合でどこまで回復できるのか、言葉を話せるようになったり、自分で食事をとれるようになった症例はあるのかなど。そして、今家族にできることは何かを詳しく教えていただきたいです。 原因はおそらく高血圧だと思います。糖尿病で通院しており、血圧の薬も処方されていました。20代の頃から喫煙していましたが、禁煙して10年は経ちます。 どうか、希望の光をお願いいたします。

4人の医師が回答

83歳父、6月頭に突然歩行困難。膀胱癌転移複数脳腫瘍、月末外科手術。7 月中旬放射線治療頃〜急速悪化

person 70代以上/男性 -

4年前に膀胱癌。手術と抗癌剤治療。その後これまで泌尿器科に定期通院。2年前にたまたま肺転移が見つかるも、小さいものが散らばり手術では取りきれないものであり、免疫療法を今年2月まで2年間続け一旦終了、定期的なMRI(首から下)での異常も4月までなし。他の持病としては唯一糖尿病があり血糖値は高く通院、薬の治療は継続。ただし日常生活、頭や体への支障は殆ど不自由なく、週に数時間の散歩もするなど、生活習慣も健康的であった(5月中旬まで)が、5月下旬からやや歩行困難な状態(休み休みで時間かかる)が出始めた。5月上旬に転倒で片足膝を痛めもう片方の足でかばいながら歩き、その足への負担によるものと当時家族は理解していた。そのため整形外科を受診も問題なく徐々に戻るとの見解。しかし6月上旬に突然歩行だけでなく、風呂場で2〜3時間座り込んだままになるような状況があり(その際は救急相談で救急搬送までは不要の判断)、再度近所の泌尿器科や整形外科に行くも改善なし。その後、帰省した長男(私)が6月16日に傾眠、意欲低下の症状が異常と判断し、救急搬送、結果、MRIで3箇所の脳腫瘍が見つかり、6月30日に開頭手術を行い最も大きな(4cm程度の)前頭葉左側の腫瘍を除去。意欲や傾眠の症状の改善はないが、自宅での歩行、食事などは物に捕まりながらもできるため、介護用のベッドなどの環境を整えて一旦10日ほどで退院。また治療方針として抗癌剤(パドセブ)は血糖コントロールが必要であり使わない方針、14日から10回の全脳放射線治療方針となり、再度入院しながらの放射線照射を実施(〜28日)、この間の症状の悪化が著しく、食欲の大幅な低下、それまでできていたトイレへの歩行ができず、介助と車椅子での移動。放射線治療1週間後に発熱と肺炎の症状も出るなど(抗生物質点滴投与)もあった。ほぼ寝たきりの状況に悪化するとともに正常時と変わらなかった認知機能や会話の状況も認知症のような認知や記憶障害はないものの、発声も衰え、意欲低下や傾眠も大きく悪化、一時はリハビリや点滴の栄養補充も拒否。1か月半の入院治療での急激な悪化による精神的な情緒不安定、生きることの諦めに至る意欲低下といった状況に至った。血糖値が下がればパドセブの投与も今後検討される可能性あるが、現時点予定の治療は一通り終わったため、リハビリ転院予定である。悪化については放射線終了時に副作用や肺炎による一時的な可能性の主治医の見解はあった。しかしすでに放射線治療から2週間経過しているが、改善は見られていない。素人であるが私としては全脳放射線の判断(手術困難な小脳にまだ1.5cmの腫瘍が2つ、手術でも取りきれていない、あるいはMRIで見えない腫瘍も含めての対処としてとの説明)が適切であったか、小脳の腫瘍の局所放射などできなかったか、などの疑問は残っているし、因果関係は証明できないが、全脳放射による悪化の可能性を考えている。まずは放射線前の自宅や病院でもトイレまでは自立歩行することを退院、自宅復帰の目標としてリハビリ予定である。もともと意欲や傾眠に関わる前頭葉の腫瘍や浮腫の影響もあったことから複雑ではあるが、本人の急激な悪化による意欲低下改善がまずは課題と考えている。以上のここまでの悪化の原因、現状の所見と予後(今後のリハビリ等による回復、その程度の見込み等).、まずは自宅復帰(自身での歩行、排泄や食事)を目指した症状の改善のための選択肢はまだあるのか、リハビリしかないのであれば、特に精神ケアなども含めてどういうやり方が最善か。以上についてのご見解をいただきたい。

4人の医師が回答

今後どうしたら良いでしょうか

person 60代/女性 -

経過) 12年前、左目、網膜静脈分岐閉塞症発症。A大学病院に通う。高血圧や糖尿病なし。自然吸収され、その後定期的に通院。 3年前、左目、硝子体出血を起こす。A大学病院に行く。そこで医師になんで出血させたんだと怒鳴られる。 それ以降、A大学病院に行く辞め、漢方専門医である眼科の個人クリニックに通う。何度も硝子体出血を繰り返しついにほとんど光が通らな状態になる。そこの医師からB大学病院への紹介状をもらう。 B大学病院にて、なんでここまで放っとおいたのかとC医師に怒られる。次に診察した上級医のD医師は、そういうこともあると理解を示してくれたので、通うことにした。 出血を除く硝子体手術はD医師の指導の下、C医師が行った。手術がほぼ終了し、D医師が去った途端、C医師はそれまでの従順な態度を一変させ、見学していたと思われる研修医と個人的な話をずっとしながらレーザー照射を続けていた。 C医師はその後診察を受けても私を治そうと言う意志は感じらず、不安を感じていた。その後、後発白内障を起こしたのでYAGレーザーを打つこととなったが、明らかにレーザーを初めて打つと思われる若い医師を同行し、自分はYAGレーザーは苦手だと言いながら打ち、もう1人の若い医師にもやってみろと言った。この医師は2度位恐る恐るやったように思うがすぐにやめた。そして翌日、私はひどい飛蚊症が出て、数日後に診察を受けに行ったら、広範囲の網膜剥離が起こってしまった。 D医師がバックリング手術を含むも網膜剥離の手術を行った。幸い復位はしたが外斜視になりすべてのものが2重に見えるようになった。B大学病院で来る前の状態のほうが日常生活は楽だった。C医師は私の担当からは外れた。 その後再度、異なる部位の網膜剥離を起こし、硝子体手術を行った。 さらに、外斜視を直す目的と思われるが、バックルを外す手術を行った。 最初の手術後からずっと続く黄斑浮腫があり、ケナコルトを注射したが効かなかった。ブロナックの点眼を続けているが、アイリーアも数回注射している。一時的に良くなるも黄斑浮腫は悪化してきている。そこでまたアイリーアの追加の注射が予定されている。今後もしこの黄斑浮腫が治らなかったらどうなるのかとD医師に尋ねた所、視力が0.1位まで落ちてしまうだろうとの事。 更にこのB大学病院での他の若い医師に対する不安要素は以下の通り。 手術の同意書を書くときは、必ず若い医師が立ち会うが、初めて手術を受ける時は特に不安だったので目に針を刺すと聞いたが、その太さはどの位か、また痛みは?などと聞いたら答えるのがめんどくさかったのか「私だったらこんな手術は絶対受けませんよ」と。 またその後の手術を受ける際も、手術前の薬の説明などをする若い医師は、規定の回数や指さす目を、看護師に何度指摘されても、書類に誤って記載する。実際の手術の際に左右間違えられるのではないかと不安で夜よく眠れなくなった。 D医師もここまで来ると一時的に効くアイリーア以外は対処のしようがないと言っており、この病院自体の信頼感も薄れているのでどうせ殆ど見えなくなるにであれば、もうこのあたりで受診をやめようか考えています。あるいは最初のクリニックに再度、他病院への紹介状を書いてもらうのもありかと。 私は婦人科手術で入院した事もありますが、私が至らなかった点があるにせよ、ここまで病院に対して不信感を持ったことありません。目の病気とはこのようなものなのか、また今後どうしたらいいのかアドバイスいただけると助かります。

2人の医師が回答

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