抗がん剤副作用がないに該当するQ&A

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悪性リンパ腫抗がん剤治療後のI L-2レセプターの値

person 60代/男性 -

12月に続いて69歳主人のことで相談致します。 昨年9月初旬に右頸部に3センチの腫れ(しこり)が見つかり、血液内科のある病院でCT.PET-CT.生体検査を受け、結果びまん性大細胞型B細胞リンパ腫と診断されました。リンパ腫は右頸部1ヶ所だけですが、大きくなる速度が速かったのでステージ2ということです。 診断を受けた病院で10月下旬からR-CHOP療法を1クール受け、通いやすい病院に転院後副作用で痺れがある為  PoIa-R-CHP療法に代わり2月5日に6回目の抗がん剤治療を終えました。 とても心配なのは、今日 今後の治療のことを決める外来での血液検査で可溶性 I L-2レセプターの値が1116あったことです。 12/3 742 12/17 767 12/24 805 1/14 1183 2/5 1057 3/5 1116と徐々に上がっています。主治医も気になるからと12/17に C Tを撮られています。(腎臓が悪いので造影剤なしです)結果腫瘍が3✖️4から半分になっているので順調との判断でした(クラス2が3回抗がん剤治療後で、半分になったのが順調なのか不安です) 今日の診察後も可溶性I L-2レセプターが高いのは何処かの臓器の炎症でしょうという診断でした。 罹患前から腎臓は悪く抗がん剤治療後クレアチンが1.7→1.99になりました。あとLDHは258です 12/3から下がることなく可溶性I L-2レセプターが徐々に上がっていて 1000以上あるということは、リンパ腫がまだ体内に残っている可能性があるということではないでしょうか。 4月初旬にPET-CTと CT検査をする予定です。 もし残っているのであれば、少しでも早くセカンドオピニオンを受けた方が良いのではないでしょうか。 心配で睡眠障害をおこしています。 お忙しいところ申し訳ありません。 他の先生のお考えをうかがいたく 宜しくお願い致します。

2人の医師が回答

抗がん剤治療について

person 70代以上/男性 -

82歳の父の事でご教示下さい。 昨年1月に大腸がんステージ3Bの診断があり、3月末に手術、退院時の腫瘍マーカーはCEA4.4、CA19-9は22.0、 術後化学療法は本人希望で行わず。 7月にCEAは7.6 CA19-9は20.4 肝臓と背骨、肋骨への転移が発覚。 10月より抗がん剤治療(CAPOX療法)を開始。開始時腫瘍マーカーCEA30.0 CA19-9 58.5 1クール目より腫瘍マーカーが下がり始め3クール終了後はCEA5.4 CA19-9は31 副作用が辛いので本人希望により1クール休薬してから再開し3クール目を開始したところです。 今後ですが本人は副作用の事もあり、マーカー値が基準値以下になったら暫く休薬し、また数値が上がってきたら再開するようにしたい、と希望しております。 腫瘍マーカーはあくまで目安な事、下がったからと言って治った訳ではないという事は承知しておりますが、暫く休薬して再開というのを繰り返すのは治療の方法として一般的に行っていますでしょうか? 主治医の先生は継続しなければ意味が無いとおっしゃってましたが、本人も家族も少しでも身体への負担を減らしたいと思っており、何か良い方法があればと思いご相談させていただきました。 恐れ入りますがご回答のほどよろしくお願い致します。

3人の医師が回答

がん末期のせん妄の家族 出来ることを探したい

person 60代/男性 -

肺がんで数年来闘病しており、今年に容体が悪化した家族が、抗がん剤治療を経て重いせん妄になってしまい、2ヶ月程経ちます。 具体的な経緯を以下に書きます。痛みで入院し、その前から痛み止めの量がかなり増えていました。抗がん剤の点滴後、数日で自力での歩行やトイレに行くことが出来なくなりました。その位から、存在しないニュースの話をしたり、日付けが分からなくなるといった、せん妄と見られる症状が現れ始めました。 それから今までに、せん妄に関しては悪化の一途を辿りました。自宅に一時退院しても、不安や見当識障害が治る様子はなく、家族が離れると大声で呼び、付き添っても不安定で、記憶も多くは定着しません。 現在は重い認知症のような状態で、本人の情緒不安定性などもますます強くなっている様子です。痛み止めも減らしてもらった上でです。がん自体のこれ以上の積極的治療は難しいと宣告されました。少し歩ける様になったことで徘徊の恐れがあり、在宅介護をするのも難しく、緩和施設でも、拘束とモルヒネ投与しかないと言われてしまいました。 医師によると、原因は、薬の副作用に心身の衰弱や負荷、小規模の脳梗塞、がんそのものによる影響(転移も考えられると病院で聞きましたが、具体的にどれほど転移しているのかは知らされていません)など多岐に渡り、特定出来ないといいます。また、終末期のせん妄で、それ自体を治すことは可能ではないらしいです。 その家族が入院してから、毎日誰かが1日も欠かさずに面会に行きました。退院時も、出来るだけそばに付き添い、話しかけ、素人なりに少しでも良い環境を提供しようと努力しましたが、至らなかったこともあったのかもしれません。もっと早く、せん妄の悪化を防げなかったことが悔やまれます。 病院や医師が、厳しい容体になってしまった家族に対して治療の手を尽くして下さったことにとても感謝しており、がん自体は仕方のないことだと思っております。 また、酷くなるせん妄で現場の方々には多大な迷惑もかけてしまったことも、本当に申し訳なく思います。 ただ、そんな家族の精神状態や脳に対して、本当にこれ以上何も出来ないのか、と諦めきれない気持ちがあります。というのも、3月半ばにはもっと余命幾許もない様子だったのが、今まで生きてくれて、あと数ヶ月程の見立てです。末期にしては食欲がかなり回復しており、少し前から歩行できる様になったりして、本人の様子に、まだ力がある感じがするのです。それで尚更なんとかしたいと思ってしまいます。このまま本人が混乱と精神的な苦しみの中で逝ってしまうには、長すぎる時間です。 もっと穏やかに、でも、可能ならただ薬で眠るだけでなく、本人らしさを取り戻せるような過ごし方も出来る方法を探したいのですが、今までがんによるせん妄について重点的に治療や支援を得る方法を、なかなか見つけられずにいました。 長くなってしまいましたが、このようながんに伴うせん妄に、脳や精神医学等の観点から対応をしてもらえる機関や訪問医等を、今の病院を出て次の緩和施設や在宅に移行した時のことも考え、探しているのですが、具体的な情報があれば教えて頂きたいです。もしくは、どうすればそのような治療に繋がれるのかを知りたいです。 多角的な観点から、諦めないケアを家族が受けられることを願っています。

4人の医師が回答

83歳父、6月頭に突然歩行困難。膀胱癌転移複数脳腫瘍、月末外科手術。7 月中旬放射線治療頃〜急速悪化

person 70代以上/男性 -

4年前に膀胱癌。手術と抗癌剤治療。その後これまで泌尿器科に定期通院。2年前にたまたま肺転移が見つかるも、小さいものが散らばり手術では取りきれないものであり、免疫療法を今年2月まで2年間続け一旦終了、定期的なMRI(首から下)での異常も4月までなし。他の持病としては唯一糖尿病があり血糖値は高く通院、薬の治療は継続。ただし日常生活、頭や体への支障は殆ど不自由なく、週に数時間の散歩もするなど、生活習慣も健康的であった(5月中旬まで)が、5月下旬からやや歩行困難な状態(休み休みで時間かかる)が出始めた。5月上旬に転倒で片足膝を痛めもう片方の足でかばいながら歩き、その足への負担によるものと当時家族は理解していた。そのため整形外科を受診も問題なく徐々に戻るとの見解。しかし6月上旬に突然歩行だけでなく、風呂場で2〜3時間座り込んだままになるような状況があり(その際は救急相談で救急搬送までは不要の判断)、再度近所の泌尿器科や整形外科に行くも改善なし。その後、帰省した長男(私)が6月16日に傾眠、意欲低下の症状が異常と判断し、救急搬送、結果、MRIで3箇所の脳腫瘍が見つかり、6月30日に開頭手術を行い最も大きな(4cm程度の)前頭葉左側の腫瘍を除去。意欲や傾眠の症状の改善はないが、自宅での歩行、食事などは物に捕まりながらもできるため、介護用のベッドなどの環境を整えて一旦10日ほどで退院。また治療方針として抗癌剤(パドセブ)は血糖コントロールが必要であり使わない方針、14日から10回の全脳放射線治療方針となり、再度入院しながらの放射線照射を実施(〜28日)、この間の症状の悪化が著しく、食欲の大幅な低下、それまでできていたトイレへの歩行ができず、介助と車椅子での移動。放射線治療1週間後に発熱と肺炎の症状も出るなど(抗生物質点滴投与)もあった。ほぼ寝たきりの状況に悪化するとともに正常時と変わらなかった認知機能や会話の状況も認知症のような認知や記憶障害はないものの、発声も衰え、意欲低下や傾眠も大きく悪化、一時はリハビリや点滴の栄養補充も拒否。1か月半の入院治療での急激な悪化による精神的な情緒不安定、生きることの諦めに至る意欲低下といった状況に至った。血糖値が下がればパドセブの投与も今後検討される可能性あるが、現時点予定の治療は一通り終わったため、リハビリ転院予定である。悪化については放射線終了時に副作用や肺炎による一時的な可能性の主治医の見解はあった。しかしすでに放射線治療から2週間経過しているが、改善は見られていない。素人であるが私としては全脳放射線の判断(手術困難な小脳にまだ1.5cmの腫瘍が2つ、手術でも取りきれていない、あるいはMRIで見えない腫瘍も含めての対処としてとの説明)が適切であったか、小脳の腫瘍の局所放射などできなかったか、などの疑問は残っているし、因果関係は証明できないが、全脳放射による悪化の可能性を考えている。まずは放射線前の自宅や病院でもトイレまでは自立歩行することを退院、自宅復帰の目標としてリハビリ予定である。もともと意欲や傾眠に関わる前頭葉の腫瘍や浮腫の影響もあったことから複雑ではあるが、本人の急激な悪化による意欲低下改善がまずは課題と考えている。以上のここまでの悪化の原因、現状の所見と予後(今後のリハビリ等による回復、その程度の見込み等).、まずは自宅復帰(自身での歩行、排泄や食事)を目指した症状の改善のための選択肢はまだあるのか、リハビリしかないのであれば、特に精神ケアなども含めてどういうやり方が最善か。以上についてのご見解をいただきたい。

4人の医師が回答

どの病院にかかるべきか

person 50代/女性 - 解決済み

52歳女性です。 拙い文章で申し訳ありませんが、ご意見お聞かせください。 2ヶ月程前から風邪なとではなく、空咳、むせる症状があり、私の母も50代くらいからそのような症状があった為(現在77歳元気)、同じく喉の老化だと思って気にしていなかったのですが、ここ2週間くらいで更に酷くなり、家族にもうるさく言われてしまい、受診をしようと思って色々探しています。しかしどこの医者に行くか悩んでおります。 ◆中学生の頃から最近まで太るのが怖くて過食嘔吐をしておりました。しかし今回咳が酷くなったのをきっかけにやっと辞めることが出来ました。過食嘔吐のことはどの医者にも話したことがありません。 過食嘔吐のせいなのか、受け口で下の歯で上の歯を常に突き上げてしまっていた為か上の歯は現在部分入れ歯になってしまいました。 下の前歯は現在もきれいで、過食嘔吐は関係ないのかなあとも考えています。わかりませんが… この件は恥ずかしくて言い出せなかったのですが、今回信頼のおけるお医者さんに全て話したいと考えています。 ◆3年前に乳癌(初期のため温存、放射線治療、抗癌剤なし、タモキシフェン5年服用(あと残り2年服用)) ◆若い時は低血圧でしたが、50代になり高血圧でアムロピジンを1年ほど服用しております。 父も50代から高血圧で薬を服用しています。 祖母が糖尿病で50代で亡くなっております。 あと関係ないかもしれませんが身内に緑内障で失明者がいます。私も30代で人間ドックで緑内障の疑いで引っかかり、視野検査を受けていますが今の所問題ないそうです。 上記の状況をを踏まえ、次の3つの医者からだったらどのお医者さんに行かれますか? 1. 3年前に乳癌検診で乳癌を発見してくれた乳腺外科、内科の女の先生 タモキシフェン処方のため3ヶ月に1回受診 乳癌は肺への転移とかもあるから乳癌検診だけでなくクーポンを使って毎年検診受けてねと言われている。 職場の近くだったため選んだお医者さん 手術は紹介してもらった総合病院でしました。   2. 糖尿病を得意とする内科  高血圧の薬処方で3ヶ月に1回通院  糖尿病の遺伝も心配だったので良いかなあと思って選んだお医者さん。 3. 咳専門の 呼吸器内科専門医(まだ行ってない) 3件とも開業医で新しく綺麗な病院です。 よって、私の主観ですが、お金儲けまでは行かなくても、経営に必死で、本当に患者の身になってくれているのかと疑ってしまうんです。 実際1と2の先生に対してはちょっと不安感、不信感があります。 過食嘔吐や入れ歯の話をするのにとても勇気必要で。女の先生が良くて呼吸器内科の女の先生を探したりもしているのですが見つかりません。 全て自分が悪いんですけど… この咳症状の原因が長年の過食嘔吐なのか、高血圧の薬の副作用なのか、単なる老化なのか、肺に何か起きてるのか…考え出したら分からなくなってしまって。 もし自分がそうだったらどのお医者さんに行かれますでしょうか?

6人の医師が回答

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