中心静脈栄養点滴に該当するQ&A

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術後退院後の介護、治療方針

person 70代以上/女性 -

埼玉の実家に85才父親と二人暮らしの母親83才の退院後の介護、治療方針について相談です。 10月17日に自宅で尻もちをつき腰椎圧迫骨折、かかりつけ医診察後、痛みが酷いため10月23日に救急病院に入院。10月31日にセメント術にて手術。手術は無事に終えるが、術後は食事がなかなか自分で飲み込めず回復は芳しく無い。11月21日医師より病状説明あり。 1.術前検査で肺に影が見つかる(肺癌可能性あり) ただし、年齢と体力から検査自体の介入はすべきでないとの呼吸器科医師見解 2.入院中の左肘の骨折 ギブス巻いても中で動くため関節ずれる この場合、次は全身麻酔の手術だが身体の負担考えると利き腕ではないのでギブスで落ち着いて固まるのを待つ 通常一ヶ月なので残り三週間 ギプスは4週間で終了 偽関節になった時は腕をうごさなければ痛みは無いのでそのまま 3.術後の栄養状態 静脈余輸液治療は11/11から第一段スタート、第二弾11/14から栄養見直して治療。栄養は安定。ただし、貧血あり輸血実施、皮膚の発疹あり 4.圧迫骨折した腰椎はしっかり固まっている 5.経口摂取は難しく中心静脈点滴は継続が必要 との状態です。 母親は50代の時に胃癌を患い胃を約4/5を摘出したあと再発は無いが日々の食事はできるが食後の腹痛がある状態で生活、80代に入り食が細くなる。 現在、家族では、三週間後に退院を控えた母親の今後を考えています。 病院からは療養病棟のある病院へ転院を進められています。父親は例え寿命が短くなっても在宅介護が出来ないか悩んでいます。母親が健全な際に延命治療などへの意思表示はもらっていないです。 この様な状態で、大切にすべきこと、今後の選択肢、はどのような事がありますか? 長文になり申し訳ありませんが、難しいことのため、相談致しました。 宜しくお願い致します。

4人の医師が回答

母親85才 重度認知症誤嚥性肺炎で飲食できないため中心静脈栄養カテーテルするべきですか

person 70代以上/女性 - 解決済み

母親85才 平成23年認知症と診断され徐々に寝たきり状態介護度5、平成26年脳梗塞、平成28年2度目の脳梗塞、今年に入り誤嚥性肺炎で入退院を繰り返し4度目入院時に飲食のスットプがかかりました。 .母が入院した時に延命治療は、母本人は望まない事(元気な時確認)を伝えていましたが ドクターの方から胃ろうか中心静脈栄養カテーテル 二択の提案がありました。 レントゲン検査で胃裂肛ヘルニアが酷くて胃ろうは出来ない事が解りました。 ドクターが提案する理由としては、「数値的に内臓は特に悪い所はなくまだ看取りの段階ではない。中心静脈栄養カテーテルをすれば感染リスクはあるがまだまだ生きられる。」でした。 母は、食べる事が出来ず中心静脈栄養カテーテルをすることで拘束されながら最期を 看取りの段階時期とはいつなんでしょうか?  母の状態は、重度認知症で意思疎通困難 呼び掛けには答えようとする 寝たきりだか大声が出る 裂肛ヘルニアで誤嚥性肺炎繰り返し飲食できない 体調は誤嚥性肺炎が治っているので発熱なく良好?ですが抹消点滴400カロリーだけが1ヶ月以上なので体重40キロ切りました。 この状態で自宅での抹消点滴だけの看取りに入るのは母を苦しめてしまいますか? 母にとって中心静脈栄養カテーテルは、延命治療?ただの治療の一貫ですか? 中心静脈栄養カテーテルよりポートの方が感染リスクが少ないのにポートを進めないのは、母の寿命や年齢に関係ありますか? 母の状態で食事が出来なくなった場合 終末期看取りと考えるのは、間違いですか?   母には長生きして貰いたいですがこれ以上苦痛を感じて貰いたくないと思ってます。

2人の医師が回答

劇症型心筋炎の今後の経過について

person 70代以上/女性 - 解決済み

先日相談させて頂きましたが、続きの相談です。よろしくお願いします。 80代の母ですが、病院で診察待ちの時、心肺停止して、ほどなく看護師の心臓マッサージにより1、2分で意識戻りましたが、二度病院を移りそのまま入院となりました。数日後、急に様態が悪くなり、劇症型心筋炎との診断でICUに一週間、IABP、中心静脈栄養、ネーザルハイフロー酸素投与を行いました。一般の個室に移ったあと鼻カヌラ酸素投与、腕からの点滴になりステロイドを投与しているようです。いろんな数値は特に大きな異常はなく、会話は普通にでき、食事は全部または半分食べていて、歩行器でのリハビリも始めたようです。ICUに入る時に回復は厳しいと言われてから、ここまで回復できたのは良かったと思います。 ただ個室に移ってから1週間経ちましたが、元気がなく、座っているとめまいがしたり、便秘があり浣腸してもなかなか出ないようです。あと一番気になるのは、まだ胸の苦しさを訴えているようです。医師から状況を見て再度心筋の生検を行うかもしれないと言われました。ICUに入る前に行った生検の結果は、ウイルスか自己免疫によるものとのことでした。再度検査行うことによって原因を特定できそれに対して治療ができたら良いのですが、再度カテーテルを投入することについて体力的にも精神的にも耐えられるかなど考えてしまいます。 本日のことですが、本人から、あまり元気がなく、顔が赤くなって24時間の点滴をすると連絡がありました。詳しいことはわからないですが、とても心配です。今後の経過で考えられることについて教えてください。よろしくお願いします。

5人の医師が回答

最後に…

person 30代/女性 -

先生方に相談ではないのですが書き込ませて下さい。母の癌について4回ほど質問させて頂き、何人かの先生方に丁寧で速い回答を頂きました。不安を少しでも取り除けましたこと感謝致します。母は結局、上行結腸癌、多発性肝転移、リンパ節転移、腹膜播腫、腸閉塞で闘病わずか3週間で逝ってしまいました。腸閉塞で緊急入院した際に見せられたCTの画像は絶望的な結果を意味していて、イレウス管挿入と中心静脈栄養注入、モルヒネ点滴…以上が母にできた治療です。痛いことや苦しいこと、何より病院が大嫌いな母が自分から検査に行くと言い出したこと、病院での様々な検査やその結果を待つ不安、いろいろなことを抱えた1ヶ月間の母の気持ちを思うと涙が止まらなくなります。少しでも母の支えになれたのか、側にいることで少しでも不安を取り除く存在でいられたのか、一生答えは出ないと思います。今同じような思いをされている方、闘病中のご家族を支えられている方、ご自身が病気と闘っている方、どうかお気持ちを強く持ち、家族を支え、そして支えてもらって下さい。私は遺された父を母の分まで支え、大事にしなければと思っています。質問コーナーに長々と書き込みまして、失礼致しました。

2人の医師が回答

老衰か結核か 延命について

person 70代以上/女性 -

父(83)が終末期のようです。 健康だけが取り柄でしたが2年前大腿骨を骨折、半年後反対も骨折し2年老健にいました。 2度目の骨折でも杖をついて歩いたり階段を登れてましたが、老健で転んだこともあり終日車椅子でした。 それでも健康で元々痩せの大食いで 食欲旺盛で食事は一切残しませんでした。 しかし今年の1月にトイレで転倒しその後発熱、それからごはんが食べれなくなりました。老健では水分の点滴をしてもらいましたがもう血管に入らなくなったと言われ 肺炎だと困るから病院へ連れていきたいと頼み見てもらいました。 血液検査は貧血と低栄養炎症は5程度で 肺の両方に白い所があるが慢性的なものだから肺炎ではないと思うと。 腕を痛がったのでレントゲンをとるとほんのわずか骨折してるようにも見えるから それで食欲がなくなったのではないか?と その内腕が落ち着けば食べるようになるのでは?と言われ腕も動かすことが出来たので様子見で老健に戻りました。 その後ムラがありながらも、1日一回主食だけ食べたり、わずかしか食べなかったりでしたが、先週から一切食べれなくなり 点滴をしてもらいましたが、痰が取っても取っても取りきれず意識レベルも80になったと連絡があり頼んで病院へ行きました。 血液検査は炎症が15になりレントゲンでは両肺が更に白くなっていて、熱はないので結核かもしれないと言われました。 食事は一切取れておらずこの先が心配です。 1、結核の場合治療出来ますか? 2、延命で中心静脈とその管を使う 強心剤、昇圧剤はお願いしたのですが 辛いですか?止めておくべきでしょうか? 3、結核の場合私も移ってますか? そして現在心臓手術で入院中の母の看病もありますが移してしまいますか? 4、コロナで面会禁止なので状態が分からずで何日かで亡くなってしまいますか?

3人の医師が回答

仕方ないことですか?

義父は12月まで在宅介護を受けていましたが、かかりつけの病院に入院しましたが、療養病棟がないので3ヶ月後に、医療型療養病棟のある病院に転院しました。病室に入ると看護師さんが来て、 「今までにオムツの中に手を突っ込んだり、点滴のチューブを抜こうとしたことはありますか?」と、聞かれたので、「オムツの中に手を入れたことはあります」と、答えると、「そういうことが起こった場合は拘束することになりますが、承諾していただけますか?」と、念を押されました。 「拘束」という事がどういうことかは知っていましたが、入院した途端に突然言われたのでビックリしてしまいました。 友人に話したら、 「娘は看護師をしているけど、患者さんから文句を言われることがあるが、『私たちも24時間患者さんのそばについているわけではないからそんなことできない』と言っているわよ。義父が入院したとき点滴のチューブを外そうとしたから、夫が義父の手をベッドに縛り付けたの。自分でできないことをしてもらっているのだから、勝手のいい要求じゃないの?」と、言われました。 老人ホームに勤務していた友人に聞いたら、 「チューブを抜くと命に係わるようなことがあるので、病院側も責任問題になるから、拘束することは仕方ないことだと思う」と、言われました。 確かに、自宅で介護したとしたら、四六時中そばにいるわけにもいかないから、拘束することはやむを得ないことかもしれませんし、医師が逮捕される時代ですから、病院側も責任を追求される可能性のあることは避けたいということは理解できます。 仕方がないとは思うのですが、心情的に「はい、そうですか」という気持ちにはなれないのです。 「拘束」は、多くの施設で行われていることなのですか?仕方がないことなんですか? 義父は中心静脈栄養を受けています。

2人の医師が回答

終末期の高齢母、中心静脈高カロリー輸液をつけた後に止められるか

person 70代以上/女性 -

87歳、アルツハイマー型認知症、大腿骨骨折2回、終末期の母について質問です。1ヶ月ほど前に子宮内に膿が溜まって状態が悪くなり入院しました。子宮の方は全身麻酔をして洗浄を行い、状態は改善したそうですが、肺炎になり、食事はとれない状態になってしまい、腕や脚から点滴をおこなっています。しかし血管の状態も悪くなってきており、このまま腕や脚からの点滴は長くはできないとのことです。 もともと小柄でしたが、現在の体重は27キロとなっています。 嚥下リハビリは行ったものの、PTの方は「もう回復は難しいでしょう」とのことで、療養型病院へ転院しました。 息子である私のことももうほぼ誰かわからなくなってきていますが、新しい病院で医師より「ある程度受け答えもできておりこのまま餓死させるのは気が進まない。中心静脈輸液をしたい」とのことでした。母の姉は認知症になってTPNと経鼻経管栄養で長く寝たきりになり、その見舞いのたびに母は「私はああはなりたくない」と繰り返し言っていました。 現在私は海外出張中でできれば帰国できるまであと1ヶ月生きていて欲しいと思うものの、もしTPNをここでして、その後長く苦しい思いをさせるのも、認知症になる前の本人の意思に反すると思い、悩んでいます。 TPNは一度初めてしまえば、外すことはできないとも聞きますが、どうなのでしょうか? 姉が医師から「明日までに決めて欲しい」と言われており、私は通信状態の悪い海外にいるため、それまでに医師と話すのは難しそうです。「このまま餓死させるんですか」と姉は言われたそうで、とても辛く悲しい思いです。かと言って本人が望まなかった形で長く生きさせるのも、と悩んでいます。 意識状態がさらに低くなったり褥瘡がひどくなるなどした時、TPNを外すことは可能なのでしょうか?

2人の医師が回答

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