点滴だけ生きられるに該当するQ&A

検索結果:625 件

ハウスダスト、カビに過敏に反応しすぎる喘息

person 40代/女性 -

事情がありお風呂場に換気扇がない古い家に住み、カビた水道水と気づかず数年使い家族全員喘息を発症しました。(気づいてからはその洗面所は使わずキッチンで歯磨き等してます。金銭的に転居は難しいです。) 私は特に酷くなり、軽いカビにウッカリ触れた、ホコリが軽く舞ったなど、通常では考えられないレベルのホコリやカビの曝露で大きな発作になるほど過敏になってしまいました。 家の者に掃除機をかけてもらう時は5時間近く外出し戻るのですが、花粉の時期など換気が出来ない時期は5時間空けてもダメでマスクを外した途端発作が起きてメプチンやシムビコートを吸う羽目になりとても辛いです。 最近、風邪を引いて状態が悪い時に車検があり、台車が埃まみれだったので殆ど乗らず過ごし車を取りに行き冷房を付けてから大発作を起こし、それから安静にして状態が落ち着いてきても外に出ると重い発作が出るようになって外出も出来ず、家でも子供が走り回っただけで発作が出てきて生きてるのが辛いです。 プレドニンは昨年3月にリウマチを発症し20ミリ飲み始め(アスピリン喘息なので痛み止め不可)今は3ミリです。 この状況で例えば20ミリ1週間飲んだとしたらどう減らしていくのでしょうか? 20ミリ1週間から3ミリは危険ですよね? 過去に30ミリ1週間飲んでバツっと辞めさせられた後は精神的におかしくなり希死念慮が酷くなったので、今の医師はかなり慎重に減らしてくれてます。 せっかく減らしたのにまた増やすのは嫌ですが、この酷い気道過敏が続くのも辛すぎて耐えられません。 プレドニン20ミリ飲めば少しは治まるでしょうか? 医師には色々アレルギーがあるからステロイド点滴はしない方がよいと言われてます。 ちなみにゾレアからリウマチになったので生物学的製剤もやらない方がいいと言われてます。

3人の医師が回答

乳癌治療方法及びセカンドオピニオン

person 40代/女性 -

47歳女性子供二人 2020年7月 右乳房に6cm程度の浸潤性乳管癌が見つかり総合病院で手術。 その後定期的に経過観察。 2025年7月に腫れがある為手術。 下記がその説明です。 主治医は信頼できる医師ですので治療は継続します。 下記の説明はかなり悪いと思われるが元気になる可能性及びもし別の治療法等が考えられるのであれば並行したい。助言お願いします。 2025年10月2日 手術後のリンパ節病理検査結果の報告 今後の治療方針の提案と説明 1. 議事内容 1-1. 医師からの病理検査結果の説明 リンパ節転移の状況 手術で脇のリンパ節を18個摘出した結果、そのうち17個にがんの転移が認められた。 がんの性質の変化 当初、左胸の乳がんはホルモン受容体陽性(ER:80%, PGR:40%)、HER2タンパク質は陰性と診断されていた。 しかし、転移したリンパ節のがんを調べたところ、ホルモン受容体(ER, PGR)が両方とも陰性、HER2も陰性という性質に変化していることが判明した。 この3つ(ER, PGR, HER2)が全て陰性のがんは「トリプルネガティブ乳がん」と呼ばれる。 これは、元々の左乳がんの中に少数存在したホルモン療法が効かないタイプの細胞が、治療を乗り越えて生き残り、増殖・転移したものと考えられる。 病状に関する見解 トリプルネガティブ乳がんは、進行が速く、悪性度が高い傾向がある。 この数ヶ月でリンパ節が腫れてきた状況は、このタイプのがんの特徴と一致する。 幸い、現時点で肺や肝臓など他の内臓への転移は見つかっていない。 1-2. 医師からの今後の治療方針の説明 治療法の変更 がんの性質が変わったため、当初予定していたホルモン療法は効果が期待できない。 そのため、トリプルネガティブ乳がんの再発治療として標準的な抗がん剤治療に、**免疫チェックポイント阻害薬「テセントリク」**を併用する治療法を提案する。 テセントリクについて 作用: がん細胞は、免疫細胞からの攻撃を避けるために特殊な「手(PD-L1)」を出して免疫細胞と握手し、攻撃にブレーキをかけている。テセントリクはこの「手」をブロックすることで、免疫細胞が再びがん細胞を攻撃できるようにする薬である。 有効性: この治療法は、従来の抗がん剤単独治療よりも、がんの進行を抑える期間や生存期間を延ばす効果が証明されている。 副作用: 自身の免疫を活性化させるため、免疫細胞が正常な細胞まで攻撃してしまう可能性がある。これにより、甲状腺、副腎、肝臓、肺、皮膚など、全身のあらゆる臓器に炎症(自己免疫疾患様の症状)が起こる可能性がある。副作用が出た場合は、専門の診療科と連携して迅速に対応する。 具体的な治療スケジュール 抗がん剤「アブラキサン」と「テセントリク」を週に1回、3週連続で点滴し、4週目はお休みする。これを1サイクルとして治療を継続する。 初回治療は副作用の確認のため、1泊2日の入院を推奨。2回目以降は外来での治療が可能。 「薬が効いている限りずっと続く」 点滴ルートの確保について 毎週の点滴で血管への負担が大きいため、鎖骨下の太い血管にカテーテルの入り口(CVポート)を埋め込む簡単な手術を提案。これにより、毎回針を刺す苦痛が軽減される。

1人の医師が回答

呼吸器内科、循環器内科の先生方助けてください!!!

person 20代/女性 -

1ヶ月ほど前、その日は朝から体調は良くなかったのですが、夕方になり動悸・手足の震え・顔のしびれが突然起こり、初めての事だったので慌てて大きい病院の時間外に駆け込みました。 検査異常なしで脱水と診断され点滴で帰宅しました。 その2日後、運転中に同じ症状に加えて、めまい(頭がふわふわ)・吐き気があり別の大きい病院に行きましたが、異常なしでまた点滴で帰宅しました。 その後もめまいというか頭のふわふわ感と吐き気が治らず、右耳の詰まり感もあったので耳鼻科に行ったところ、発作性頭位めまい症&耳管開放症だろうと診断を受け、薬を貰い様子見してました。 その2週間後、今度は38.6度の発熱があり同じ耳鼻科で検査してもらったところインフルとコロナは陰性。 甲状腺にしこりが2つ見つかるが、1cmほどなので経過観察と言われました。 少し体調が良くなってましたが、熱の後からまた動悸・吐き気・胃痛・息苦しさが1日中起きており、1ヶ月間ほぼ仕事が出来ない状態でした。 大きい病院に紹介状をもらって、血液検査・聴力検査、あとは耳の圧など色々検査しましたが、膠原病の検査だけまだ結果が出ていませんが、特に異常なしで呼吸器内科に行った方が良いかもしれないと言われその足ですぐ呼吸器内科に行きました。 そこで、心電図・肺活量・尿検査をしましたが異常なし。ただ気管支が狭すぎると言われました。喘息持ちではありません、小さい頃発熱時だけ咳喘息があったようです。小学生以降は何も病気もせず、発熱なんて年1くらいの頻度でド健康に生きてきました。喫煙はしてます。 呼吸器内科で、まず1ヶ月前の動悸等は過換気だろうと言われ、その後の発熱は免疫低下によるウイルス性の発熱、その後の息苦しさは喘息によるものだろうと言われました。 でも私は、どんな呼吸法を試しても、どれだけ息を吐ききってもストレッチをしても息を吸う時がとても苦しいと話をしたら「喘息は吐く時が苦しいんだけどねぇ」と言われ、結局薬もらって帰宅しました。 咳は出てません、喉も痛くないです、ゼーゼーヒューヒュー音はしません。 現在の症状としては、 動悸・息苦しさ・食欲不振・気だるさ この1ヶ月で体重4キロ落ちました。毎朝散歩は行ってます。何かストレスがあったり気を病むようなこと、新しくペットを飼ったなど本当に何も生活に変化は無いです。 普通の生活をしていてある日突然体がおかしくなりました。 吸入の薬をもらってまだ数日なので効果は出ないと思いますが、息苦しいままです。1日中です。 息を吐ききって息を吸って、というのをこの1ヶ月四六時中意識してやっているので、肋骨から上辺りも痛くなってきました。 腹式呼吸を意識しても深く吸えている感じがしません。 マンションの2階に住んでますが、階段で息切れします。 息が吐けてないのか、はたまた息が吸えてないのか、精神的なものか、色々考えて検査を受けて結局喘息でした。喘息でこんなに1日中息苦しいものですか? 吸う時に一気に吸い込まないと吸えてる感じがしません。 微熱は1週間ちょっと今も続いています。 血圧126/65・脈拍85~99、だいたいいつもこのくらいです。脈が早いねと検査の度に言われますが正常範囲だと思っています。動悸のせいかもとも思っています。 内科、脳外科、耳鼻咽喉科、呼吸器内科は行きました。 循環器内科、整形外科、心療内科等は行ってません。 気休めでカイロプラクティックに通って首と肩甲骨辺りを整えてもらっています。 何か改善策やこの科に行けば良いなどあれば教えてください。助けてください。

2人の医師が回答

コロナ後遺症?精神疾患?

person 30代/女性 -

現在精神科に通院中です。 ミルタザピン30ミリ、ドグマチール1ミリ、ヒルナミン1ミリ服用しています。 1年半前に妊娠し、初期から重い悪阻に苦しんでいました。悪阻止めの点滴をしてその後に気絶しかけた事があります。コロナに感染し、首の後ろが熱くなる症状があり、ある夜から、のたうちまわり泣いてしまうなどの精神異常となりました。 その後、毎日悪阻に苦しみ普通に生活できるような状態ではなくなり、医師との相談で11週で堕胎手術をしました。術後、一度は体調も安定して来たところ子宮内にまだ異物が残っているとの事で再手術を行いました。再手術のショックからまた強い動悸と体調不良に陥りました。二度目の手術が終わっても体調は良くなりませんでした。 心療内科にて、抗不安薬を頓服として服用。 ジェイゾロフトとフルボキサミンを試しましたが、気絶する様な強い吐き気で続ける事が出来ませんでした。 県立の精神科病院に変えてから、ミルタザピンを服用し現在は30ミリまで増やしました。 動悸の症状は治ったものの、体調は優れない毎日です。 具体的には朝、目が覚める時に強い頭の中がガダガタと揺れるような感覚があります。時には呼吸が乱れて強い苦しさを感じます。 ヒルナミン1mを夜に服用すると朝の辛さは軽減されますが、起きないといけないのに、強い眠気で押さえつけられて辛いです。 睡眠外来にて自宅で睡眠時の脳波検査もしましたが、その時は発作が出なくて検査に異常はありませんでした。 また日中は胸の痛みが不規則にあります。別の総合病院にて心レンズやMRIや血液検査等を行っても異常はありませんでした。 リリカを服用しましたが、顎の下の内部が腫れているような感覚になり1ヶ月で中止しました。 精神科の主治医から痛みに効果があることからサインバルタを勧められていますが、過去に強い吐き気で苦しんだ経験から試す決意が出来ません。 主治医に症状を話しても普通の精神疾患には当てはまらないので、対処療法の治療になると説明は受けていますが、毎日が辛くて生きていくのもやっとです。 次に出来る手立てはないでしょうか? 大学病院で診察して頂きたいとも考えています。 これはコロナの後遺症ですか?コロナにかかって間も無くして、首の後ろから頭にかけて熱い物が込み上げる感覚になった事があります。 それとも、パニック障害やうつ病のような精神疾患でしょうか? よろしくお願いします。

3人の医師が回答

80代 父 胃ろう 栄養剤 他についてのご相談

person 70代以上/男性 - 解決済み

初めまして。 よろしくお願いいたします。 2025年7月にデイサービス先でコロナに感染し、その後施設のショートステイ先で高熱があり救急搬送後入院先で誤嚥性肺炎と診断されました。 現在急性期の病院から転院し、回復期病棟のある病院に入院しています。 86歳男性で身長170センチ程度で体重は40キロ を下回っております。 元々は要介護1で、杖をついて歩いており普通食を食べておりましたが、寝たきりですとあっという間に体力は衰え、止む無く胃ろうを造設し、経口接収はさせてもらっておりません。現在は嚥下訓練と足に床ずれがあるためほぼ寝たきりとなり、リハビリでは足をマッサージしてもらったり、車いすに乗せてもらったりしています。 転院してきた9/10に10月を迎えられるかわからないと主治医に言われていますが、2か月を経過しています。 本人はまだ生きたいという気持ちがありますが、最近栄養剤の回数が3回では多く、2回の接収にしておりましたが栄養剤が消化しきれず苦しいようです。 主治医からは本人が苦しんでいるなら無理にやることは出来ないと言われて点滴の場合もあります。 熱発も週に1回程度あり、抗生剤を入れたりしています。 来月回復期の病院から退院した後は介護施設への入居を考えているため(母と同じところへ、今も同じ病院に居ますが先に退院します)胃ろうは続けていないと施設で行けるところが制限されてしまうかと思っています。 本人は頭はしっかりしていますので、そのことも理解し、それなら「やるしかない」と言います。 ・消化によい栄養剤にしたら胃の負担は軽減されるのか? ・病院や施設は一般的に栄養剤の変更や調整等は対応して下さるのか? についてお伺いしたいです。 それから、もう2点、 ・嚥下訓練はお水のとろみのあるもので無味です。 先日本人からチョコレートが食べたいと言われて甘い味、チョコレート味でとろみのあるお楽しみなども依頼していますが、中々対応して下さいません。味覚があるものの方がボケ防止や本人も楽しみがあってやる気が出てくるとおもうのですが如何でしょうか。 ・私自身は医療的な観点だけでなく、回復には環境等も大事と考えているのですが主治医には環境は関係ない。と言われてしまいました。(家族に会えること、病院で天井だけを見ている生活だけではなく施設での生活になること)ただ医療行為が制限されるとすぐに処置ができない為不安も正直あります。 一長一短かとは思いますがご意見伺えたら嬉しいです。 4つの質問で恐縮です。答えられる範囲でも構いませんので何卒宜しくお願い申し上げます。

7人の医師が回答

83歳父、6月頭に突然歩行困難。膀胱癌転移複数脳腫瘍、月末外科手術。7 月中旬放射線治療頃〜急速悪化

person 70代以上/男性 -

4年前に膀胱癌。手術と抗癌剤治療。その後これまで泌尿器科に定期通院。2年前にたまたま肺転移が見つかるも、小さいものが散らばり手術では取りきれないものであり、免疫療法を今年2月まで2年間続け一旦終了、定期的なMRI(首から下)での異常も4月までなし。他の持病としては唯一糖尿病があり血糖値は高く通院、薬の治療は継続。ただし日常生活、頭や体への支障は殆ど不自由なく、週に数時間の散歩もするなど、生活習慣も健康的であった(5月中旬まで)が、5月下旬からやや歩行困難な状態(休み休みで時間かかる)が出始めた。5月上旬に転倒で片足膝を痛めもう片方の足でかばいながら歩き、その足への負担によるものと当時家族は理解していた。そのため整形外科を受診も問題なく徐々に戻るとの見解。しかし6月上旬に突然歩行だけでなく、風呂場で2〜3時間座り込んだままになるような状況があり(その際は救急相談で救急搬送までは不要の判断)、再度近所の泌尿器科や整形外科に行くも改善なし。その後、帰省した長男(私)が6月16日に傾眠、意欲低下の症状が異常と判断し、救急搬送、結果、MRIで3箇所の脳腫瘍が見つかり、6月30日に開頭手術を行い最も大きな(4cm程度の)前頭葉左側の腫瘍を除去。意欲や傾眠の症状の改善はないが、自宅での歩行、食事などは物に捕まりながらもできるため、介護用のベッドなどの環境を整えて一旦10日ほどで退院。また治療方針として抗癌剤(パドセブ)は血糖コントロールが必要であり使わない方針、14日から10回の全脳放射線治療方針となり、再度入院しながらの放射線照射を実施(〜28日)、この間の症状の悪化が著しく、食欲の大幅な低下、それまでできていたトイレへの歩行ができず、介助と車椅子での移動。放射線治療1週間後に発熱と肺炎の症状も出るなど(抗生物質点滴投与)もあった。ほぼ寝たきりの状況に悪化するとともに正常時と変わらなかった認知機能や会話の状況も認知症のような認知や記憶障害はないものの、発声も衰え、意欲低下や傾眠も大きく悪化、一時はリハビリや点滴の栄養補充も拒否。1か月半の入院治療での急激な悪化による精神的な情緒不安定、生きることの諦めに至る意欲低下といった状況に至った。血糖値が下がればパドセブの投与も今後検討される可能性あるが、現時点予定の治療は一通り終わったため、リハビリ転院予定である。悪化については放射線終了時に副作用や肺炎による一時的な可能性の主治医の見解はあった。しかしすでに放射線治療から2週間経過しているが、改善は見られていない。素人であるが私としては全脳放射線の判断(手術困難な小脳にまだ1.5cmの腫瘍が2つ、手術でも取りきれていない、あるいはMRIで見えない腫瘍も含めての対処としてとの説明)が適切であったか、小脳の腫瘍の局所放射などできなかったか、などの疑問は残っているし、因果関係は証明できないが、全脳放射による悪化の可能性を考えている。まずは放射線前の自宅や病院でもトイレまでは自立歩行することを退院、自宅復帰の目標としてリハビリ予定である。もともと意欲や傾眠に関わる前頭葉の腫瘍や浮腫の影響もあったことから複雑ではあるが、本人の急激な悪化による意欲低下改善がまずは課題と考えている。以上のここまでの悪化の原因、現状の所見と予後(今後のリハビリ等による回復、その程度の見込み等).、まずは自宅復帰(自身での歩行、排泄や食事)を目指した症状の改善のための選択肢はまだあるのか、リハビリしかないのであれば、特に精神ケアなども含めてどういうやり方が最善か。以上についてのご見解をいただきたい。

4人の医師が回答

がん末期のせん妄の家族 出来ることを探したい

person 60代/男性 -

肺がんで数年来闘病しており、今年に容体が悪化した家族が、抗がん剤治療を経て重いせん妄になってしまい、2ヶ月程経ちます。 具体的な経緯を以下に書きます。痛みで入院し、その前から痛み止めの量がかなり増えていました。抗がん剤の点滴後、数日で自力での歩行やトイレに行くことが出来なくなりました。その位から、存在しないニュースの話をしたり、日付けが分からなくなるといった、せん妄と見られる症状が現れ始めました。 それから今までに、せん妄に関しては悪化の一途を辿りました。自宅に一時退院しても、不安や見当識障害が治る様子はなく、家族が離れると大声で呼び、付き添っても不安定で、記憶も多くは定着しません。 現在は重い認知症のような状態で、本人の情緒不安定性などもますます強くなっている様子です。痛み止めも減らしてもらった上でです。がん自体のこれ以上の積極的治療は難しいと宣告されました。少し歩ける様になったことで徘徊の恐れがあり、在宅介護をするのも難しく、緩和施設でも、拘束とモルヒネ投与しかないと言われてしまいました。 医師によると、原因は、薬の副作用に心身の衰弱や負荷、小規模の脳梗塞、がんそのものによる影響(転移も考えられると病院で聞きましたが、具体的にどれほど転移しているのかは知らされていません)など多岐に渡り、特定出来ないといいます。また、終末期のせん妄で、それ自体を治すことは可能ではないらしいです。 その家族が入院してから、毎日誰かが1日も欠かさずに面会に行きました。退院時も、出来るだけそばに付き添い、話しかけ、素人なりに少しでも良い環境を提供しようと努力しましたが、至らなかったこともあったのかもしれません。もっと早く、せん妄の悪化を防げなかったことが悔やまれます。 病院や医師が、厳しい容体になってしまった家族に対して治療の手を尽くして下さったことにとても感謝しており、がん自体は仕方のないことだと思っております。 また、酷くなるせん妄で現場の方々には多大な迷惑もかけてしまったことも、本当に申し訳なく思います。 ただ、そんな家族の精神状態や脳に対して、本当にこれ以上何も出来ないのか、と諦めきれない気持ちがあります。というのも、3月半ばにはもっと余命幾許もない様子だったのが、今まで生きてくれて、あと数ヶ月程の見立てです。末期にしては食欲がかなり回復しており、少し前から歩行できる様になったりして、本人の様子に、まだ力がある感じがするのです。それで尚更なんとかしたいと思ってしまいます。このまま本人が混乱と精神的な苦しみの中で逝ってしまうには、長すぎる時間です。 もっと穏やかに、でも、可能ならただ薬で眠るだけでなく、本人らしさを取り戻せるような過ごし方も出来る方法を探したいのですが、今までがんによるせん妄について重点的に治療や支援を得る方法を、なかなか見つけられずにいました。 長くなってしまいましたが、このようながんに伴うせん妄に、脳や精神医学等の観点から対応をしてもらえる機関や訪問医等を、今の病院を出て次の緩和施設や在宅に移行した時のことも考え、探しているのですが、具体的な情報があれば教えて頂きたいです。もしくは、どうすればそのような治療に繋がれるのかを知りたいです。 多角的な観点から、諦めないケアを家族が受けられることを願っています。

4人の医師が回答

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