病院の転院に該当するQ&A

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統合失調症と診断された事に対する異議

person 40代/男性 - 解決済み

私は2018年から、組織的ストーカー、海外ではギャングストーキングと呼ばれる執拗な嫌がらせを受けています。元はと言えば、当時住んでいたマンスリーアパートでの上の階の住人との騒音トラブルによるものですが、具体的な症状としては、出どころが不明な、こちらをひたすら嘲笑声する声が聞こえてくる、さらには、こちらを監視していないとわからないことを言ってくる、頭の中で考えていることまで嘲笑してくる等です。2018年以降は、離れた所に住んでいるのですが、それでも関係なく声が聞こえてきます。2018年に、部屋を引き払い、しばらくビジネスホテルやカプセルホテルを転々としていたのですが、そこでも数人の男女にホテルの場所を突き止められ、こちらを罵倒したり、侮辱することを言ってきました。そこで警察を呼んだのですが、こちら自身冷静でなかったことや深夜だったこともあり、こちらが異常者扱いされて4ヶ月半精神病院に入れられました。そこで、統合失調症と判断され、ここから少しでも早く出られるならと、任意で脳に直接電流を流す施術を数回受けました。その後、退院した後に実家のある県の病院で、ゼプリオンの筋肉注射を2週間置きに3年間受けました。また、そこから転院した先でのクリニックでも、オランザピンの服薬を3年間受けていますが、何の効果もありませんでした。このように、何種類もの治療を受け、継続的に服薬をしているのに対して、何の効果もないということが、これが統合失調症等の病理ではないということの証左となっていると思われるのですが、周囲の人間からは未だに病理であると思われています。個人的には、これほどの治療を長期間受けているのにもかかわらず、治療効果がないという時点で、病理ではないという蓋然性の方が高いと思われるのですが、これは警察等に提出する際の証拠となり得るでしょうか。また、現実問題として、これほどの治療を受けているにもかかわらず、治療効果がないということはあり得るのでしょうか?もしそうだとしたら何のための治療かと憤慨しているのですが、医学的な見地からお応えください。

2人の医師が回答

敗血症性ショックの診断だが、前回の敗血症より軽そうなのは何故か

person 40代/男性 -

46歳男性、下肢全廃車椅子生活 糖尿病、双極性障害、国指定難病の既往あり 自己免疫疾患の難病でステロイド服用しています。 3年ほど前右臀部からの褥瘡よりガス壊疽、敗血症となり転院含め約8か月入院しました。 もともと車椅子生活でおむつ着用でしたが、褥瘡部分を汚さないようにと、現在は便はストマ、尿はバルーンを入れて、バルーン交換は1か月半に一回病院でしています。 先日の祝日に、入浴の際お風呂でぶつけた?との事で上がってきたら血尿が出ていました。 しばらくして寒い、尿管のところが痛いと言い出し意識もおかしかった為、救急車要請しました。 かかりつけ医に搬送予定でしたが泌尿器科がその日いなかった事、色々なことをそこの病院でみてもらっている為他だと全部いちからの検査になってしまうこと、だんだん意識も鮮明になってきたので、翌日朝一でかかりつけに行ったほうが良いとの事で、救急の方は帰られました。  翌朝かかりつけ医に行き、なかなか家に帰ってこないなと思っていたら病院から夕方電話がありました。  診察の時点では普通だったが、会計待ちの間に具合を悪くしたようで診察室に戻ってもらったら、血圧がかなり低くなっていたので検査をしたところ、尿路感染からの敗血症の可能性が高いとの事でした。 尿路感染からの敗血症は比較的薬も効きやすいとの説明を電話で受けました。 そして昨日、本人から検査結果は敗血症性ショックだったと聞かされましたが、こんなに元気(と言っていいのかわかりませんが)なものでしょうか? 前回の褥瘡からのガス壊疽、敗血症は意識朦朧としたまま救急搬送されICUに約2か月いて、その際敗血症性ショックはありません。 当時も自分なりにだいぶ調べましたが、ショックになると危険性がかなり上がるようですが、現在一般病棟で本人と連絡も取れるしテレビも見れるし、医師看護師との意思疎通も出来ています。面会も時間制限ありますが可能なようです。 前回がかなり危険だった為、ここから急変の心配をしてしまいます。 今回の診療計画の入院期間は、2週間になっています。

5人の医師が回答

骨髄異形成症候群、他の病院の受診の可否

person 70代以上/男性 - 解決済み

70才台後半の父が、骨髄異形成症候と診断されました。 7月中旬に熱中症で搬送された総合病院で再検査を勧められ、同じ総合病院の血液内科を紹介され骨髄検査を受けました。その後、家族が同席し病名や余命(平均3から5年、感染症に罹患の場合は1年)の説明を受けました。今できる治療として、貧血症状の緩和のため血液を増やす注射を打つことを提案され、予約をして帰宅しました。(その後病気について調べたところ、低リスク、高リスクの分類があると知りましたが、どのリスク群であるかは聞いていません) 父は、疲れやすい症状を数ヶ月前から感じていたようですが、年齢や暑さの影響かもしれないと言い出せずにいたようです。 その後病気のことを調べたり、先生から聞いた話の整理をしている中で、治療への考え方が父と先生では異なることが気になり始めました。 余命と、長生きはできません、運が悪かったですとはっきり言われたので、父は、治験を受けてもよいし、なんとか余命を伸ばしたいとの希望を伝えたところ、平均寿命は81歳なのだから、もういいでしょうと断られました。病気については、ネットを見れば酷いことが書いてあるが、その通りだからと、説明を省略された感じもありました。 はっきり言われた方がわかりやすくて良かったと思う一方で、少し冷たい対応に感じられ、長生きしたいという気持ちに少しでも理解を示してもらえるような先生に治療をお願いしたほうが、父の気持ち的にも良いのではないかと思うようになりました。 父の家系は代々長生きであり、毎年の人間ドックをしっかり受診していたため、今まで癌などは早期発見で完治してきましたので、今回のことに大変ショックを受けています。 そこで質問なのですが、治療への考え方が異なる、長生きしたいとの希望を否定されるという理由で、他の病院を改めて受診し、治療をお願いするということは、認められるのでしょうか? また、もし認められる場合には、紹介状をいただくなど、どのように受診まで進めればよいのでしょうか?(セカンドオピニオンは転院を目的とするものではないと認識しています。) 現段階は、診断の後日、貧血のための注射を1回受け、2回目の注射(診断も)の予約をしている状況です。 ご回答よろしくお願いします。

4人の医師が回答

大腿骨頚部骨折後の症状について

person 50代/女性 - 解決済み

1年半前に大腿骨頚部を骨折、骨融合の手術をし、翌日からすぐにリハビリを開始、経過は順調で、1週間ほどで退院しました。 その後1ヶ月もしないうちに普通に歩けるようにはなりましたが、手術の直後から常時感じる、骨折した方の足の裏の軽い痺れ、足全体の重だるさ、腿や脛、膝上の突っ張ったような、筋肉痛のような痛み、股関節周りの突っ張り感や軽い痛みが今もあり、座っていた後に立ち上がる時は特に痛み、運動で足に力を入れたりすると腿や脛に固まったような鈍痛が出て上手く動きません。階段を登る時も、たまに膝上や腿の痛みで足を上げにくい時があります。寝る時も、痛みがあるため、骨折した方の足を下にして横向きに寝ることは出来ません。 最初のうちは、先生からは「手術後によくある症状、今に軽くなる」とのことでしたが、なかなか良くならず、「手術をすれば、何らかの変化はある、付き合って行くしかない」とのことで様子を見ていましたが、1年半以上経ってもまだ良くならず、先日は、「症状から、股関節は関係なく脊椎の方に問題があるのでは」とのことで、レントゲンを撮り診ていただきましたが、異常なしで、老化現象の1つではないかということで、八味地黄丸を処方されています。 先生は、この症状は骨折や手術は関係ないと言われますが、手術の直後からの症状なので、例えば、骨折したことによる何らかの影響でこのような症状につながっているのではと色々調べましたが、よく分かりません。 別の病院への転院も考えていますが、何が原因なのか、漢方薬の治療で良いのか、このままで心配はないのか、アドバイスいただけたら助かります。どうぞよろしくお願いいたします。

5人の医師が回答

腎盂癌の内視鏡検査にて癌が見つかった場合、焼灼か腎臓摘出、どちらが良いのか

person 50代/男性 - 解決済み

先日(7月1週目)夫が左腎盂癌の疑いで内視鏡検査をしました。 経緯: (昨年末)健康診断で血尿⇨ (6月1週目)クリニックの尿検査でクラス3b膀胱癌の疑い⇨ (6月2週目)総合病院を紹介され膀胱や尿管は異常無し、CTで腎盂に影 但し尿検査ではクラス3⇨全身麻酔にて内視鏡検査(5日間入院) 数日前に結果が出て、尿管から腎盂の直線部分は目視でも細胞診でも陰性だったとの事。 ただし、CT(6月2週目)には影がうつっているので今度は曲がる内視鏡を入れて検査しましょうとなりました。 次回の内視鏡検査(8月頭予定)でもし癌が見つかった場合、選択肢が2つあり、1、その場で焼き切る。2、腎臓と尿管を摘出する。(後日10日程度の入院) それぞれのリスクは 1、は今後3ヶ月に1度4-5日入院して全身麻酔での内視鏡検査を5年程度が必要。 2、は腎臓が片方になるので、その為に血圧や糖尿病の管理が必要。(既に夫は高血圧、糖尿、通風気味) との説明でした。 1、の焼灼の場合は本当に検査が5年間、年に4度も必要なのかどうか。 2、の摘出は、やはりリスクが大きすぎるのではないか? といずれにしても不安です。 最近は血尿も落ち着いていますが、やはり進行が早い部位とのことで、セカンドオピニオンや、もし摘出手術をする際には転院(夫は東京で単身赴任なので自宅のある大阪で手術をさせるか)なども考えるべきか悩んでいます。

3人の医師が回答

病名:脆弱性骨盤骨折( 骨折患者は、実母87才)

person 70代以上/女性 - 解決済み

症状:上記によるADL障害 持病:2〜3年前から原発性胆汁性胆管炎 服用薬:肝臓専門医から ・ウルソデオキシコール酸 ・コレステロールを下げる薬 今回の経緯 ・当初は自宅で数日嘔吐が続き救急病院へ3/11に入院 ・病名:胃腸炎・脱水症状・腎機能障害・原発性胆汁性胆管炎(2〜3年前に診断された)と診断。 ・順調に回復したため、体力回復のリハビリ治療で長期療養型病院へ4/2転院した ・4/16夜間 リハビリ実施をして2週間経過頃、トイレから病室ベッドサイドに戻った際体勢を崩し、尻もちを突き骨折に至る。 ・4/21 週明けにCT検査で、脆弱性骨盤骨折(骨盤の前後が骨折)と診断。 【 担当医の説明では 】 骨盤骨折で、 1,2週間様子をみて、 手術をするかどうか決める。 手術の時間は、1時間前後かかる。 術後、痛み止めを飲みながら リハビリをする。 ・4/25(金)担当医より 手術をする事に決定との連絡が入り、後日4/28 (月)に医師の方々と面談予定。 ・現在リハビリ治療に励んでいて元気な様子との報告を受けている ・後日手術する事になったと母に話すと 『体調が良く、歩けていて特に不自由が無いので、手術は受けたくない。』と身内に話す ・それまで手術は 60代に白内障で受けたのみで、 全身麻酔であれば初めての怖さが有ると察する ・ここ2〜3年は、同居の50代三女が認知症の症状が有るとも言っており、亡き夫や身内等が健在かの様に時々話す、との事。 今回ご相談をしたいのは、 ADL障害の治療の為には、今回の手術は必要不可欠だと思われますか? 尚、手術を拒む高齢の本人に、 難しい説明は無理が有り、もしも端的な言葉で伝えてあげられるならと思い、アドバイス等がございましたら、御教え頂けると幸いに存じます。 情報が不十分でしたら、誠に申し訳ございませんが、他の先生方のご意見をお伺いしたく、宜しくお願い申し上げます。

5人の医師が回答

63歳、脳梗塞で小脳1/4切除、頭痛と嘔吐が続いています

person 60代/男性 -

12/15朝にひどい眩暈に襲われ救急搬送、総合病院脳神経外科内科にて入院中の父です。 12/16に小脳が腫れてきており、後頭葉にも梗塞を起こしていることから小脳の腫れているところにあたる小脳1/4を切除する手術をしてもらいました。開頭術と聞いています。 手足の痺れはなく、手先指先まで動かせています。言語障害も無いように思います。 リハビリは12/24ごろから始めています。ベッドから車椅子に乗ってしばらく座ってみる、廊下の手すりに捕まって10メートルを何往復かゆっくり足を出してつたってみる。 でも体を動かすたびにめまい、吐き気、リハビリ中やベッドに戻る際、嘔吐。リハビリなしの日でも、食事の時に体を少し起こすため、食べたら嘔吐。 薬を飲むために食べる順番を考えながら、無理やり飲み込んでいると言います。毎日面会に行っても、ベッドに仰向けで、目を瞑っていたり、起きていてもただただ『頭が痛い、しんどい』と言います。 仕事復帰を目指す!と意気込んでいたのに弱気にもなってきました。 嘔吐ばかりで体力も落ちていそうです。 今は年始で担当の方がおらず、1/6からリハビリ再開です。 父は今が本当に苦しく辛い時期で、リハビリを頑張ればこの頭痛は少しは引き、嘔吐も徐々になくなりますか? また、常に人や動物が動いて迫ってきたり見えていると言います。これもいつかは消えるのでしょうか? 何か私にできることはないでしょうか ※心臓にはステントを入れています。 12/3にも脳梗塞を起こし、右足の甲の痺れだけで2週間点滴をして退院しました。 そして退院した2日後に今回の脳梗塞を起こしています。前回も心原性と聞いています。 術後の説明からもうすぐ3週間経ちます。そろそろ現状やリハビリ転院の話がありそうですが、まだありません。 父の状態をみていて辛くなり、先にこちらで聞いてしまったことをお許しください。

3人の医師が回答

脳梗塞で小脳1/4切除後、3ヶ月でリハビリ転院し、3ヶ月のリハビリを経て退院した後の経過について

person 60代/男性 -

前回も相談させていただいた父についてですが、 脳梗塞により小脳を1/4切除し、目眩や嘔吐に苦しみながらも、リハビリ転院して一ヶ月後には嘔吐はなくなりました。 でもまだ目眩ふらつきはあるようです。 タイトルにもあるように、最初の急性期の入院から半年経とうとしています。 回復期のリハビリ病院では、1日2回のリハビリをしてもらい、食事も三食完食していましたが、身長175センチの父が53キロまで体重が落ちました。 それでも動いてた方で、自宅に帰って来たら刺激があって体を動かすことにやる気が出るかと思いきや、ベッドからおりて動くのはトイレの時と食事の時と3日一回のシャワーの時だけです。 今の気候が、雨と晴れの交互で気圧の変化もあるのか動くのがしんどいと言います。 自宅での計測でついに52.4キロになりました。食事は3食摂りますが間食はありません。 あまりに動かないせいか左側の肩や手が凝り固まって来て痛いようです。左腕も上がらなく、左手もパーがしっかりできません。 本人は、体動かさないといけないなと言うのですが、 いざ散歩へ行こうか、外に出てみようかと声をかけると、今日は辞めとくわと言って携帯で動画を見てばかりです。リビングのテレビで映画を観ることが好きだったのですが、それも観にこようとしません。 脳梗塞後の症状で、こういったやる気がない、出てこないということはよくあるのでしょうか? 前向きになれるように家族ができることはありますでしょうか? とにかく筋力をつけないと痩せ細っていく一方で心配です。 きっと本人は悔しいんだと思います。 今は通院リハビリで週二回、運転が好きだった父のために介護保険を取る選択は一旦やめて、一回は運転のための知能的なリハビリ、もう一回は体を動かすリハビリをしているようですが、早めに介護保険を取る方向でリハビリした方が良いでしょうか。 よろしくお願いします。

5人の医師が回答

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