胆管ステント交換に該当するQ&A

検索結果:83 件

胆管ステントがすぐ詰まる理由

person 70代以上/男性 - 解決済み

お世話になります。 9月末に 黄疸が出てプラスチックステントを留置 膵臓癌膵頭部 3センチ 転移してない可能性あり ステージ2bと診断 10月に術前の抗がん剤2回うけました。 抗がん剤は体調不良で2回スルーしてます。 前立腺癌もあるとのこと。こちらは転移ではないそうです。ステージは調べてないです。 11月3日 ステントが詰まり プラスチックステントを再びプラスチックステントに交換 11月10日に退院 担当医は、あと2日程入院してた方がと話たが、本人の希望で退院 11月11日 本人の希望で牛丼並盛りをほぼ完食。 11月12日 吐き気がするので、吐き気どめの薬をもらうために 救急外来を受診 37度3分の微熱あり、血液検査 CTをしました。即入院 ステントは金属ステントに変更するようです。 胆管炎と診断がつきましたが、変更される事もあると説明をうけました。 培養検査中とのこと。血液か胆汁かは不明 担当医曰く 胆汁がドロっとしたタイプかも との事。 1 ステントがすぐ詰まる原因は? 2 12月に膵臓癌の手術予定だが、金属ステントに変更で何かリスクはあるか? 3 ステントが詰まる理由に食事は関係あるか? 分かる範囲で良いので教えて下さい。

5人の医師が回答

大腸癌・肝門部胆管癌、80代母について。

person 70代以上/女性 - 解決済み

80代の母です。 3年前に大腸癌の手術をし、1年後に再発。 抗がん剤が効いて肝臓に転移した癌もほぼ確認できないくらいになったのですが、昨年12月 転移ではなく新たに、肝門部胆管癌が見つかり、抗がん剤も中止になりました。 胆管癌が見つかり、抗がん剤を中止してから、約半年が経ちます。 現在は訪問医療・訪問看護、緩和ケアで痛み吐き気のコントロールをしていただいています。 3週間前くらいから、黄疸が出始め、昨日は白っぽい便がでました。 胆管にプラスチックのステントが留置されていて、一度交換しました(プラスチックに)が自宅にいたいという思いを尊重し、再度の交換はしませんでした。 食欲はあります。水分も取れています。 排泄はトイレでという思いが強く、補助しながらなんとか自力で行ける時と、紙パンツに出てしまう時があります。 一度ベッドから下りてしまうと、自力でベッドに戻るのが困難です。 幻覚は、何週間か前に1度、昨日1度だけ、 いない物が見えると言いました。 嘔吐まではいきませんが、吐き気が酷いです。 痛みは、背中の痛みがたまにあります。 3週間前の血液検査で悪液質になっていると言われました。 このような症状で、余命はあとどのくらいでしょうか?

3人の医師が回答

ファーター乳頭部の腫瘍と手術方法について

person 30代/女性 -

68歳母の手術方法の選択についてのご相談です。先日、胆嚢炎で緊急入院し、胆管にも石が詰まっていたので、胆管にはステントを入れて、胆のうにはドレーン処置をして胆汁を外に出すチューブをつけて現在仮退院をしています。実は今回の検査で、ファーター乳頭部に癌とは言いきれない線種が見つかり、明日までに提示された3つの手術方法のどれにするか、家族で話し合って結論を出すようにと言われておりますが、非常に迷っていて、こちらにご相談させていただきました。入院当初、白血球19700、CRP33.61でした。現在異常ない数値に落ち着きました。なお、母は今まで持病などはなく、大きな病気にかかったことはありません。 手術方法1 胆のうのみを腹腔鏡で摘出(ひどい胆嚢炎だったそうで、場合によっては開腹手術)。胆管のステントは定期的に交換。ファーター乳頭部は経過観察 手術方法2 開腹手術で胆のうと、胆管の石を摘出。ファーター乳頭部は1年に1回経過観察 手術方法3 開腹手術で、胆のう、胆管、ファーター乳頭部の腫瘍を摘出。その場合は別の病院に送りますとのことでした。 できるだけ体のリスクが少ない手術を希望しています。ただ、先生からファーター乳頭部の腫瘍が現在ぎりぎり良性と説明されましたが、いつ癌に変わるかわからず、 経過観察だと非常に不安です。 ぎりぎり良性の今なら、ファーター乳頭部の局部のみの摘出だけですむ可能性はありますか?このような場合は、早めにとっておいた方がいいものなのでしょうか?手術方法3を選択した場合の手術の難易度、リスク、またどの方法が一番最適なのかアドバイスをいいただけたら、ありがたいです。 どうぞよろしくお願い致します。

4人の医師が回答

金属ステントを入れた場合の放射線治療の可否について

person 70代以上/女性 -

前回のご質問に関連し、2点ご質問させてください。放射線科の先生のご見解を伺えればと思います。 【状況】 母(80歳)のすい臓がんに関して。黄疸が出ていたため、プラスチックステントを入れて減黄しTS-1を開始後、1か月で詰まって胆管炎となり、再度プラスチックステントを留置。主治医からは金属ステントへの交換を勧めらる。TS-1はその後再開予定。   【ご質問】 1) 金属ステントは一度入れると基本的に取り出せないということですが、なんとかして、入れた金属ステントを他のドレナージ方法に置き換え、後日放射線治療をする方法はないでしょうか。(万が一でも、化学療法で転移が消えた場合に備えてのご質問) 2) 金属ステントを入れると放射線治療はできないと主治医の先生から伺いました。その後のセカンドオピニオンなどでは次のように微妙に意見がわかれていました。   ・某重粒子センターホームページ →不可 ・上記重粒子センターのある大学の消化器外科(セカンドオピニオン)  →一般的には金属ステントが入っていると放射線治療はできないが、放射線科の先生によるとあてられる場合もあるとのこと。どのようなケースなのかは、放射線科の先生でないとわからない。 ・某民間トモセラピークリニック →金属ステントがあっても放射線をあてるかどうかは医師の考え方による。当院ではあてているが問題は起きていない。 ・某民間放射線科クリニック →金属ステントがあっても設備の整った所であれば問題なく放射線をあてられる。 ・某民間の大きめの病院 →金属ステントの有無は影響する。(はっきりした回答なし)   そもそもなぜ金属ステントがあると放射線があてられないのか私が理解できていないため、なぜこのように施設によって考え方が異なるのか、うまく呑み込めないでいます。どのように解釈したらよいかご教示いただきたく、よろしくお願いいたします。

2人の医師が回答

胆のう摘出手術の後遺症について

person 70代以上/男性 - 解決済み

80歳になる高齢男性です。本年1月に胆石による胆のう炎で全摘出手術を受けました。最初の発症は2年も前でしたが、その前年に心臓のバイパス手術を受けてまして担当医としても、全身麻酔での再度の手術は、年齢からもリスクが高いと判断されたのかもしれませんが(担当医からは説明がありませんでした)2週間の入院で退院しました。しかし昨年は2月に胆管に石が見つかり逆内視鏡によるステント手術をし(3か月程度しか持たないらしい) 6月に交換手術を受けましたが、石が流れ出ていたため新規にステントは挿入しませんでした。その後心臓バイパス手術後の年一回の診察が9月にありCT検査結果を見ると胆のうに胆石が見られ胆のうも大きくなって、他の臓器に癒着が考えられるので、心臓外科医の先生でしたが他の病院を紹介してもらい本年1月に手術しました。 やはり他の臓器、組織への癒着が激しく開腹手術になりました。約リハビリも含め1か月の入院でした。 その後、つねに突っ張った感じと重苦しい感じの違和感はありましたが、内外部とも痛みを感じることはありませんでした。それが昨日から散歩中に激痛とまではいきませんが、キリキリとした痛みが出て思わずしゃがみ込むときもあります。 一度手術して頂いた病院で見てもらった方がいいでしょうか?

3人の医師が回答

64で膵臓がんが見つかった母

person 40代/女性 -

昨年7月下旬に膵臓がん(ステージ2a)が見つかり7月末に胆管炎になりチューブ一本をいれる。秋に膵臓がんの手術をすることが決まり、術前に抗がん剤治療を開始。8月下旬から9月下旬までの間に入院しながら三回投与。(炎症反応があると言われ8月下旬に胆管炎おこしチューブ交換。その一週間後にも胆管炎になりチューブ二本にする。)三回目の抗がん剤を投与した次の日に退院。退院後一週間後に外来受診。低血圧をおこし一瞬失神。BP64/39 spo2,74まで低下。その場で入院と言われる。10月上旬、体力と栄養値が改善されないため癌の治療は今後もうできませんと言われました。胆管炎と肺と心臓に水が少したまっていると言われ肺に針をさして水を抜く治療し、胆管炎はステンレスのステントに変えました。その後10月中旬、肝膿瘍と言われ肝臓にカテーテルを入れ膿を出す治療開始。このころから酸素使用。入院中炎症反応の数値がずっと高く下がらないと言われており、抗菌薬を使用していましたが効かず、何でだろう?と先生も何が原因か分からない様子で模索しているようでした。その後カルパパネル菌があるのが分かり、この菌に効果があると言われる抗菌薬を投与。母は10月に入院してからは酸素装着。10月下旬、声にハ気が戻り、大部屋に移ったよ、そろそろ酸素や尿カテーテルも外せるかもって先生言ってたよ。と本人も嬉しそう話していました。久しぶりに明るい声を聞けホッとしました。11月上旬、苦しいと訴えあり、BP,P,spo2低下、本人意識レベル低下。病院から呼ばれる。病院着いた頃には母の意識は回復していて面会が許され顔を見に行くと、苦しくなったけどもう大丈夫。と話す。この日から付き添いが許され母と一緒に過ごしました。11月下旬亡くなりました。最初に宣告された余命よりあまりにも早く、もう少し長く余生を過ごさせてあげれたのではと色々思ってしまいます。

3人の医師が回答

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