長生きしたくないに該当するQ&A

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気管切開についてと、今後の見通し

person 70代以上/男性 - 解決済み

対象者: 76歳、男性 今から3週間前に階段から転落し、左脳挫傷(5cm大)、急性硬膜下血腫、頭蓋骨骨折と診断され、救急搬入先で入院4日後に大開頭血種除去術、外減圧術、硬膜形成術を行いました。 右半身が麻痺しており、左側の足と手・指先が動きます。今は気管挿管と人工呼吸器をつけており、意識まだ朦朧としていますが、調子の良い時は手を握ったり、瞼をギュッとして少しは意思表示ができます(自分で瞼は開けない)。 気管切開を勧められておりますが、本人の意思を確認しておらず(恐らく聞いても十分に意味を理解できない)、どうすべきか家族は悩んでおります。命が一番重要なことも分かっていますが、今後回復の見込みが期待できないのに息だけさせるべきか・・・今後の受け入れ先や費用をどうするのか、非常に悩んでおります。 担当の救急医は気管切開をすると人工呼吸器は外しても大丈夫であろうと現時点では判断しています。気管挿管のままだと痰がつまり世話が手間のようで、もちろん気管切開するとチューブが短くなるなどのリスクの面でもベネフィットはあるとも説明をしてくれていますが、もしも回復が見込めないようであれば、気管切開をすべきか悩んでいます。 また、残念ながら我々は裕福ではなく、本人は後期高齢者医療限度額適用されています(適用区分「I」)。本人に財産もないため、今後は生活保護を申請する予定です。 このような状況なのですが・・ 1.年齢的にも回復の見込みはないでしょうか? 2.気管切開をすべきと思われますか? 3.気管切開をしても長生きは難しいだろう(だいたい1年前後)、と言われたのですが、皆様はどう思いますか? 4.気管切開、しかし人工呼吸器をつけてない場合でも施設での費用は高くなるのでしょうか? 都内だと保険適用外の費用で月30万くらいするかもしれないと言われました。 宜しくお願い致します。

5人の医師が回答

17年前のカルテ

17年前の妊娠30〜32週にDMを発症しました。 妊娠30週の時に一夜にして顔と手足に紅斑が出現しました。 32週の検診時に尿糖(3+)・尿蛋白(+-)・浮腫(+)で入院し糖負荷試験の結果DMと診断されました。間もなくお腹の張りが強くなり切迫早産の治療を受けました。DMの治療は1400キロカロリー、塩分5グラムの食事療法だけで血糖値がどれくらいあったのかは説明を受けませんでした。 37週で無事に出産し退院時には節食せよということと、そんなに長生きはできないかも知れないと言われただけで内科を改めて受診するようにとも近所の診療所に紹介状を持って行くようにとも指導されませんでした。 産後は近所の内科で風邪をひいた時などに産婦人科でDMだと言われたと伝えて、時々チェックをして貰ったりしていましたが12年間、問題ないと言われていました。 5年前に町の健康診断でA1c値6.2%の結果が出て食事指導などを受けるようになりました。 3年前に子供のマイコプラズマ肺炎を貰い、数日間40度近い熱を出した後、A1c値が急に7%台に達しベイスン、アマリール、オイグルコンと服用してみましたが、どれも効果なくインスリン治療となりました。 現在は診療所から病院の専門医へと移り様子をみていますが、1型か2型か、或いは別の理由があるのかが分かりにくくなってしまっていて、思い切って17年前の発症時のカルテ開示の手続きをしました。 当時、型の区別をする為に糖負荷試験以外の検査をしたかどうかさえも分かりませんが、仮に現在の困った状態を予測できたはずの資料が出てきたら何を担当医に持っていけるように準備したら良いでしょうか? 血液や尿の検査結果をコピーして貰うのが良いでしょうか? それとも、今更ながら紹介状を書いて貰うのが良いでしょうか? 体重53キロ前後、身長158センチをこの17年間、維持してきました

2人の医師が回答

他に治療の可能性がないか教えてください。

person 70代以上/男性 -

父についてご相談させて下さい。父は現在73歳で持病として「慢性リンパ性白血病、悪性リンパ腫、転移するガン、糖尿病、帯状疱疹」を持ち若い頃は手術や抗がん剤治療をして今に至ります。 上記病気に加えて耳に水が溜るようになり、1度は耳に小さな穴を開ける手術をして水を抜きましたが今年の2月末に再発。再手術を受ける際に「風邪をひいているため手術できない」と言われました。 耳が聞き取りにくい中、風邪は一向に良くならず、4ヶ月の間の中で父は食欲がなくなり日に日に立ち上がる事も歩く事も困難になりました。 定期的に昔から通っている大学病院での診察にも自力では行けないため家からタクシーを使う状態でした。 そして3月から血液内科の先生(担当医が変わり新しく来た先生)に診て貰っていましたが、採血や採尿の結果のみで原因を追求する・他の科の先生と連携して他の検査も受けさせるという事は1度もなく、免疫力がほとんどないため1ヶ月に1回免疫力を上げる皮下注射+採血、下痢止め、お腹の調子を整える薬剤を貰って帰ってくる日々でした。 そして先日血液内科の先生からは「白血球数は10万位ですが徐々に上がってきています。正直ここまでになるとは。今後のことを考えると『前向きな治療』を行うか『緩和的治療』に変えるかのどちらかしかないと思うのでどうするかを1週間後に決めてきて下さい。」と言われました。 前向きな治療というのは「毎週決まった曜日決まった時間に免疫力を上げる皮下注を打ってある程度免疫力を上げていき最終的には抗がん剤治療を行う」という方法。「抗がん剤治療を行うのも今の状態では難しいし、皮下注を家族が滞りなくできないということであれば治療は難しいと思う」とも言われました。 家族としては父に長生きして欲しいので治療して貰いたいと思いますが、本当にこの2つしか方法や可能性はないのでしょうか?

3人の医師が回答

咳風邪と声枯れが治らない

person 70代以上/女性 -

3週間以上前から、悪寒がした翌日朝から声枯れで失声、薄緑の大量のタンと酷い咳で始まり、あと発熱37〜38度3日間。去年のインフルエンザAの時より楽だったので自宅で休んでいましたが、良くならず10日目に呼吸器内科で検査、NO値アレルギー炎症値など問題ないのに喘鳴もあり喘息との診断。気管支炎からのようです。声帯は耳鼻科で内視鏡で咳による声帯の傷みと。声が出ない為 ステロイド吸入薬も使えず、抗生剤トラネキサム酸250、クリアナール200ソランタール100ツロブテロール2mg。2日程で胃もたれ食欲不振の為ソランタールをやめ、5日後にやはり胃の不調でトラネキサム酸を止めました。カルボシスティンはインフルエンザの時に2回飲んだら下痢と腹痛で中止になりました、今まで何度も飲んで大丈夫なお薬だったのに。 喉の為に漢方薬を足してもらい、咳痰は大分治りましたが、咳込むと止まりません。声も出ないので毎日不自由してます。またこの漢方薬の副作用と思われる胃の不調が出始め胃痛でやめています。 この程度の薬で副作用ばかりで医者には困られますが、自分が一番辛く情けないです。 2年前にも咳風邪(喘息とは言われませんでした)で3ヶ月治らずに、白内障や大腸ポリープの手術延期が続きました 子供の頃から風邪をひきやすく胃腸も弱く、弱い個体なので仕方ないのでしょうか? また、ここ数年で両親と娘を亡くし気落ちもしてるので免疫力や回復力がなくなってしまったのでしょうか?70歳は私にとって長生き出来たのかもしれません。でももう少し孫たちのためにも元気になりたいです 外見は若く元気に見えるそうですが とにかく咳と声帯を治すにはどうすれば良いでしょうか よろしくお願い致します

3人の医師が回答

胃の層の腫瘍 悪いものじゃないから経過観察で毎年検査を受け5年目です。

person 70代以上/女性 -

この1月の21日で75歳になる祖母です。 30代からずっと膵臓に水疱があり経過観察をしています。今回5年6年ほど前に胃の中で中でも外でもなく胃の層の中に1.5cm大の腫瘍があり経過観察をずっとしています。胃が痛むということで昨年1月単純胃部CTと胃カメラを撮り異常なし毎年MRIも撮影していたため昨年9月にもMRIを撮影したはずですが本人は行くの忘れているから行ってないと言います。私は9月の時に今日これからMRIを撮りに行く。なんでもなかったと言われた記憶がありました。年末あたりから胃のあたりが痛いわけでもないが違和感があると言います。 私としては母の兄(祖母から見る息子)が父子家庭で母親が居ない中仕事忙しくしており家を空けています。 食事の準備や送り迎え、10月辺りから高校受験のため塾も通い今まで20:00頃寝て朝4:00くらいに母の兄の家に行き交代していましたが、塾のため夜23:00頃最悪は23:00過ぎに寝ているようなのでストレスや疲れが溜まっているから胃の違和感などがあると思いました。 質問1、このような胃の層に出来る腫瘍はかなり珍しいものなのでしょうか。 質問2、もし9月にMRIを受けていなかったとして毎年受けているなら経過観察でも良いのでしょうか。 質問3、消化器内科と大きな総合病院両方行っており、検査は総合病院診察は消化器内科クリニックをいつも受けています。 胃の薬を飲んでいますが、他にメニエールの痛み止めも飲んでいるようです。薬は同時に飲んで良いみたいですが胃がやられていることもあるのでしょうか? 質問4、ストレスなど神経関連は75歳でも年齢関係なく起こりうるのでしょうか? 年末からだと約3週間くらいとの事で心配です。 おばあちゃん1人じゃなくても私は母の母は本当に大好きで長生きして欲しいし元気でいて欲しいです。 ぜひ教えて頂きたいです。

1人の医師が回答

79歳父、ホスピスに転院後、誤嚥性肺炎が治るケース

person 70代以上/男性 -

79歳認知症の父は、年末にコロナ➡誤嚥性肺炎になり入院しました。口径や経鼻栄養を試みましたが、肺炎を繰り返すため腸を使うことを中止し、中心静脈栄養に切り替えてそれを継続することで最期を迎えることを医師と同意し療養型病院に4月初旬に転院しました。上記経鼻栄養を試みている間に体力が衰え(年末年始休みもあったため)胃ろう手術にも耐えられない体となり寝たきりです。 しかし、現在、療養型病院に面会に行くと、痰も出ておらず熱もなく、元気そうです。転院前は高熱が出たり酸素も必要だったり舌根沈下も見られしんどそうでしたが、転院後は高カロリ栄養の点滴のみで、口も閉じて何かしゃべって寝ることもなくたまに笑い元気そうなのです。 【質問1】そもそも経鼻栄養なんてトライせず、さっさと中心静脈栄養をして、動ける内に退院させればよかったのでしょうか。今後の母のためにお伺いしておきたいです。中心静脈栄養という延命処置をしているからなのか、現在の父は、首から上は元気で、首から下が動かないことに違和感を感じ、悔しいです。 【質問2】「延命処置をしてこんなはずじゃなかったと後悔される家族をいやほど見てきました」とよくお医者様がおっしゃっているのを拝見しますが、こんなはずじゃなかったとは、どんなはずなのか教えて頂けませんでしょうか。長生きすることで金銭的に、でしょうか。 【質問3】ホスピスに転院したら、まもなく弱っていくか感染かで最期となることを予測しておりました。しかし、今元気そうな父がホスピスにいることに違和感を感じ、その父を毎日お見舞いに行くことが何かしっくりきません。療養型病院から退院を宣告されることもあると思いますが、そのようなケースもございますか。 【質問4】退院を宣告されたら母に負担がかかるため、母的には今のままが良いと言いますが、私的にはまだ父のためにしてあげられることがないのかを模索しています。もし退院を宣告されたら、自宅で訪問介護を依頼するか、特養などに入るかの二択でしょうか。 諦めが悪く申し訳ないです。母も大事ですが、父も大事です。 ご意見よろしくお願いいたします。

4人の医師が回答

78歳叔父の化学療法選択について

以前に83歳の父の胃癌手術について質問させていただいたものです。お陰様で父の胃癌の手術(定型手術ではなく縮小手術を受けました)は無事終わり、リンパ節の転移もなく、Stage1bと診断され、今は元通りの穏やかな生活を送っています。 今回は父の5歳年下の叔父の大腸がんの化学療法について質問させていただきます。私が直接主治医と面談したわけではありませんが、叔父の娘である従妹と頻繁にメールでやり取りしているという状況での質問です。叔父は11月13日に大腸がんの切除術を受け、リンパ節、肝臓(2cmぐらいのが1個と小さいのが数個)に転移しておりStage4と診断されました。レントゲンでは肺への転移は確認されていません。手術後の経過は順調で11月30日には退院する予定となっており、29日から抗がん剤治療が開始されます。その治療法について、主治医からはUFTとロイコボリンの経口投与を勧められています。点滴の方が有効であるが、副作用がきついので勧められないとの説明だったそうです。叔父は治療して長生きしたい意欲があり、癌と診断されるまでは健康上問題なく、体力があるので手術後の回復も速いと医師から言われたとのこと。このような状況で、有効性からみて、最善の点滴治療(おそらく5FUとロイコボリンの併用ではないかと思います)ではなく、次善と考えられる経口治療の方を選ぶことは、正しい選択なのでしょうか。それとも、まずは生活への負担が少ない経口による治療を行ってから、それがダメなら次に点滴をするという方針なのでしょうか?父のときも感じたのですが、高齢者に対して、医療者はあまり積極的な治療を勧めないように思います。高齢者といっても色々な方がいらっしゃり、はじめから積極的治療に対してネガティブな印象を与える説明をされるのはどうかと感じます。叔父の場合、より有効とされる点滴を選ぶことは、副作用で苦しみあまりメリットはないということなのでしょうか。最近は、副作用をうまくコントロールする手段も多いとききますが、どうなのでしょうか。化学療法開始を29日に控えておりますので、早急なご回答をお願いいたします。

1人の医師が回答

大腸がん(S状結腸がん)ステージII。抗がん剤、やるべきか?

父(60歳、糖尿病、高血圧、肥満163cm、90kg)が、救急搬送され腸閉塞を来たしたS状結腸がんであることが判明しました。チューブで排出していたが改善されず、入院3日目には緊急手術(5時間半)となり、予想ではステージIII以上でしたが病理検査の結果はステージII(リンパ節転移なし)。「ギリギリの所でくいとどまっていて良かったね。」と言われました。一時的人工肛門も造設されました。1年以上先に大腸を繋ぐ手術と人工肛門を閉鎖する手術を予定していますが、医師としては「閉鎖はせずそのままの方が良いかもしれない」そうです。糖尿病(インスリン注射なし、服薬のみ、HbA1c:6.8、網膜症あり)や心肥大の状態をとても注意されました。術後は、肺炎から敗血症になりせん妄もきつく、手を拘束され、一時は危篤になりましたが、10日前に無事退院しました(2ヶ月半の入院)。創感染もあり今も2日に1度は通院しています(もう膿は止まっているがふさがりきっていない)。昨日、医師から「ステージIIだけど、まだ若いので飲み薬の軽めの抗がん剤を飲んだ方が良いけど、肝機能障害などの副作用もあるからね。どうする?飲んでみてキツかったらもう少し軽いのに変えてもいいし。」と言われました。父は今、人工肛門のことで頭がいっぱいで毎日憂鬱そうで、これ以上面倒(副作用など)な事を増やしたくない、といった感じです。家族としては少しでも長生きできる道を選んでほしいのですが・・。抗がん剤を服用したことでかえって体に負担があるのだとしたら(例えば糖尿病の悪化など)、それもまた心配なのです。父のような場合、抗がん剤をやるべきでしょうか? またこれから始めるとしたら、時期的に「遅い」という事はないでしょうか?(術後回復してからすぐが良いと知人から聞いたので気になりました) -長々と読んでくださりありがとうございました。

1人の医師が回答

40代での 分岐型ipmn 6ミリ

person 40代/男性 -

44歳男性です。 昨年12月に人間ドックでipmn疑い 膵体部7ミリ があり、その後ダイナミックctとmrcpを実施しましたが何もないとの診断がありました。 本年10月に人間ドックにて再度ipmn疑いとなり大学病院でmrcp、eusを実施したところ 分岐型 膵体部 6ミリのipmnと診断されました。 膵嚢胞壁の厚さは全く問題なし。主膵管膨らみなし。膵嚢胞の中に結節はなし。 ipmnと診断される前からへその左部分の痛みがあり、診断後左脇腹及び左の背中部分の痛みが出てきました。 今後は大学病院で1年に一回のmrcpと人間ドックでのエコーを半年毎に実施する。 ちなみに本年の人間ドックではびらん性胃炎、大腸カメラは本年年1月に実施し、1センチのポリープを切除。 今回の診断を受けショックを受け、長生きできないのではないかと心配しております。 お酒は飲まず、喫煙歴がありますが禁煙を実施します。 先生方に質問がありまして 1、分岐型ipmnと診断されましたが、診断直後(1か月)ぐらいで、膵癌と診断されることはあるのでしょうか? 2、インターネットを調べていたら、診断後に左の背中とへその左横の腹痛が出てきましたが、意識をすると痛みが出てくることはあるのでしょうか? 3、大学病院で膵炎のことは特段言われませんでしたが、mrcp、eusで膵炎の有無(疾患歴)というのは判断できますか? 4、44歳と若いですが、インターネットを見ているとipmnは60歳以上に多く、60歳以上になれば必然的に癌にかかる可能性も高まるが、若い方は大丈夫と見受けます。もちろん今後経過観察をしていくことになりますが、そこまでの心配は不要なのでしょうか? 5、今後症状を悪化させないためにした方がいいことはありますか? 6、身構えでアドバイスをいただけないでしょうか?

2人の医師が回答

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