認知症癌治療できないに該当するQ&A

検索結果:183 件

降圧剤や糖尿の薬で、脳梗塞や認知症になる

person 50代/女性 -

私は3ヶ月ぐらい前から降圧剤を飲んでいます。かかりつけ医で定期的に見てもらっていて、しばらくは薬を飲まずに、減量や運動などで改善出来ればと思っておりましたがなかなか行動にうつすことが出来ずに、放置していたら148/100ぐらいになってしまい、久しぶりに受診したら降圧剤を飲んだ方がいいと言われてしまい服用するようになりました。服用するようになってからは、128/90ぐらいにはなりましたが下があまり下がりません。高血圧でも降圧剤を飲んでいる人と、何も飲んでいない人と比べると飲んでいる人の方が脳梗塞のリスクが2倍だという記事を見ました。糖尿やコレステロールの薬の服用で、がんや認知症のリスクがあがるということも。受診すると、血液検査の結果などでひっかかると薬を飲んだ方がいいということで処方されますが、飲むことで違う病気になるリスクがあるのなら、どちらがいいのだろうと思ってしまいます。母も50才ぐらいから高血圧の薬を飲んでおり、今は83才ですが数年前から認知症症状がでており、ゆっくりですがはたからみても進行しているように思います。父は17年前に悪性リンパ腫になった時から糖尿を含む5種類ほどの薬も飲むようになり、それ以降三回の再発で1ヶ月前から悪性リンパ腫の治療もしています。どこまで薬と病気との関係があるのかはわからないのですが、治療の為に飲んでいる薬のせいで母が認知症になったのではとか、父ががんになったのではとかを考えてしまいます。お医者様はそのようなリスクがあるということはご存知だとは思いますが、それでも薬を処方されるのはどうしてでしょうか?また先生本人が高血圧や生活習慣病になると薬を飲まれますか?またお医者様によって考えて方が違うと思いますが、薬をすぐに出す先生と、極力出さない先生もおられますが、同じ治療でも見解が違うのはどうしてなのでしょうか?このような場合はどちらの先生にかかったらいいのかわからなくなります。すぐに抗生物質を出される先生や、耐性ができるとダメなので極力出さないという先生もおられます。どちらも正しいのでしょうか?

4人の医師が回答

高齢者の肺がん治療について

person 70代以上/男性 -

84歳父のことです。昨年4月に半年前から平日は毎朝参加していたラジオ体操に参加するため出かけようとしたところ、ふらつきが出て取りやめることが何度か出たため、近くのA病院で診察を受けたところ、血圧の上が200近く、下が100前後といった数値のため、暫く入院が必要との診断を受け、さらにCT検査で、右肺上部に3センチ弱のがんと思われるものがあることが判明しました。その他、狭心症の疑いや、過去のものと思われる大動脈剥離の跡らしい形跡があること、認知症の疑いがあることも伝えられました。 その後、5日間入院したA病院から紹介状を出して頂き、急性期の患者を受け入れている規模の大きなB病院の呼吸器外科、循環器内科、脳神経内科の診察・検査を受け、心臓血管系は狭心症まではいかないものの、血圧のコントロールと落ち着いたら血液をサラサラにする薬の服薬を続けてと言われ経過観察となり、A病院の内科に戻ることになりました。認知症は脳血流検査等も踏まえ、中期の初期程度のアルツハイマー型認知症と言われ、進行を遅らせる薬を服薬しています。 肺がんについては、組織の採取は行われず、その他様々な検査を行い、右肺上部に3センチ弱の単独の肺がんで転移は認められず、ステージ2A3期と言われました。その後の過程でB病院の呼吸器内科を受診し、気腫合併肺線維症と診断されており、吸入薬を処方されています。また、検査の過程で前立腺がんの疑いが浮上したため、B病院の泌尿器科で検査を行い、転移の無いステージ2の前立腺がんと診断を受け、ホルモン注射で経過観察中です。 そして、肺がんですが、呼吸器外科では全身状態や認知症があるため、手術は出来ないと言われ、治療として唯一可能な重粒子線治療の紹介は可能だが、タバコを止めることが必須で年齢的なこともあり、治療しない場合は余命1年で緩和ケアを受けることを進められました。長年喫煙してきた父は逡巡しましたが、禁煙外来に通い始め、その経過を3週間見たところで、重粒子線治療を受けられるC病院への紹介状を出して頂き、7月に重粒子線治療を受けて、2,3か月ごとに経過観察していくことになりましたが、昨年9月に右肺下部の横隔膜上部辺りに影があると言われ、12月のCT検査で、新たに横隔膜上部に2つの肺がんと思われるものが写っており、またリンパ節が少し大きくなっていて、転移しているのではと伝えられました。 その後、12月中旬にB病院の肺がんの主治医から、余命3ヶ月で、緩和ケアをどこで受けるか決めることを促され、父も私もその場では決めかねたことから、年末年始を挟み、1月前半にその後の方針を決めることになっています。 現在、父とは緩和ケアについて話をしていますが、現時点では体調的に大きな変化が無いこと、元々丈夫で身体のことや病気に疎いこともあり、がんについての理解が充分ではなく、一方で余命宣告を受けたことから、情緒不安定になることが多くなっています。 つきましては、先生方のご意見をお聞かせいただければ幸いです。 1.抗がん剤での治療も体力的に厳しいと言われており、理解はできるのですが、一方でがんの組織検査をしていないため(出来ないとの判断?)、免疫療法は出来ないとA病院の先生から言われたのですが、この段階で肺がん治療については、選択肢が無いのが当然ということでしょうか。 2.緩和ケアをどこで受けるかは決めるのですが、父との話を踏まえ、本人の納得感を得るためにも、セカンドオピニオンを受けることを考えていますが、この段階で受けることは、全く意味の無いことでしょうか。

2人の医師が回答

高齢で認知症がある場合の、癌の可能性を精査する方法について

person 70代以上/女性 - 解決済み

81歳の母について。癌を疑う場合、内視鏡以外に、それを精査するすべはあるのでしょうか? 母は認知症で要介護3くらいです。施設入所しています。 既往に、脊柱管狭窄症、高血圧、脂質異常症、心房細動…などがあります。 2024年1月下旬と9月初旬に血尿あり。その都度、主治医と地域医療支援病院にも受診しました。9月には地域の泌尿器科も受診し、血尿は尿路感染の可能性が高いとの結論。細胞診は異常なしでした。 今回、6月中旬から熱が続き(最初は8度7分の熱)、下がってきたとは言え、1月半ほどたった今も、今も7度前後の熱が続いています。今現在の食欲は、以前より落ちていて、日によってだされたものを完食できるときと、半量も食べれない場合があります。 主治医に受診し抗生物質投与、その後、地域医療支援病院の腎臓内科に受診。それが7月のはじめ。 CRP:14.17(6/16)→0.64(6/25)→0.89(7/3) 白血球:89(6/25)→67(7/3)※WBC10.1(6/16) ヘマトクリット値:35(6/16)→38.5(6/25)→34.2(7/3) MCHC:32.6(6/16)→29.9(6/25)→30.7(7/3) 尿検査は6/25と7/3に実施。尿半量-潜血が6/25がー、7/3がH(1+)でした。 結局、発熱の原因は特定できていませんが、腎臓内科では、癌の可能性を示唆されました(発熱に加え、貧血が進んでいることから。他の可能性については、あまり教えていただけなかった印象)。 (お医者さまより)癌を精査するなら、やはり内視鏡。腫瘍マーカーは1つの目安にしかすぎない。ただ、高齢で認知。内視鏡で検査中に動かれ、臓器を損傷するなどのリスクがあるので、今の段階での精査はおすすめしないといわれました。 癌も可能性の1つとして伝えられたように思いますが…。素人考えだと、癌なら早期発見、早期治療が望ましいのではないかと思ってしまいます。可能性を示唆されるけれど、それを調べる術がないのか?様子見でいいのか?…気になったので質問させていただきました。 どんな検査や治療を選択すべきか、家族で判断するにも、それなりの知識が必要。 ここでの相談がとても助けになっています。 お手数おかけいたしますが、教えていただければ、幸いです。

3人の医師が回答

77歳、食道がんステージ4b、抗がん剤再開は難しいのか?

person 70代以上/男性 -

長くなり申し訳ありません。お忙しい所恐縮ですが、お答えいただけると嬉しいです。 【経過の説明】 ・77歳 通過障害を訴えて2025年4月半ばに食道がんステージ4bと診断(骨転移あり) ・とあるがん専門病院に通院中。 ・診断後すぐから通院でオプジーボ+ヤーボイ併用治療を2週に1度開始。 ・5月に入ってすぐに食べ物がすぐに詰まって全くのどを通らなくなり、入院にてFOLFOX療法と並行で放射線治療(25回、たしか60グレイと言ってました)開始。 ・6月半ばに放射線治療が終了しても通過障害が解消されず7月に胃ろう増設。 ・8月の退院直前に通過障害が解消され、食べられるようになったおかげか大分元気になる ・8月末、少しずつまた通過障害が出はじめる、急に嗄声がひどくなった ・6月の放射線治療直後のCTでは少しがんが小さくなっている位で、実際0.8の内視鏡がギリギリ通るくらいだった ・8月末に撮ったCTでは↑より縮小していて、それで一時的に通過障害がよくなったのだろうと言われた という経過を辿っている父親のことで質問です。ちなみに父親に認知症はなく、意志もきちんと伝えられる状態です。     【質問1】抗がん剤の再開を希望しているが、主治医が否定的。仕方ないのか? 私(娘)と本人の希望としては、完治が難しいことは理解しているが、できるだけ延命したいし、食べることだけが喜びのような人なので、また通過障害が酷くならないようにがんが大きくなることを抑えたい。もちろん副作用が酷く、本人がしんどいようなら諦めるつもりです。(これまでの治療では副作用はほとんど出ませんでした) なのでお試しでいいので抗がん剤を再開できたら…と思っているのですが、主治医が首を縦に振ってくれません。 理由は 「次に抗がん剤をやるならドセタキセルを3週に1度、通院で投与ということになるが、副作用が強くでる可能性があるので、今が安定して過ごせているなら、がんが暴れだしたりとかするまでは様子見の方がいいと思う。 ただし、いざ抗がん剤をやろうとなった時に体力がなかったらできません。」とのこと。 体力がなくなってしまったらできないのだから、今やってもらえたらいいのに…とモヤモヤするのですが、それは素人考えなのでしょうか?他の先生方ならどう判断されるかお聞きしたいです。     【質問2】ハイパーサーミア(温熱療法)を他所で受けるならウチでの治療は終了と言われた。それが当たり前なのか? 抗がん剤の再開を渋られているので、少しでも効く可能性があるなら…とハイパーサーミアを受けさせてみたいという話をしましたが、それに対しても主治医から 「ハイパーサーミアは全くエビデンスがない治療で、個人的には効かないと思っているし、責任が取れない。紹介状を書いてほしいならそれは〇〇さんの権利だから書くけど、その場合ウチでの治療は終了で、以後はそちらの病院で面倒見てくださいねと書きます。それでもよければどうぞ」 と言われました。 効くかどうか医療者の間で意見が分かれている治療であることは理解していますが、保険で受けられる診療ではありますし、副作用がほぼないと聞くので、少しでも効いたらラッキーくらいの気持ちで受けさせてあげたいと思っていたので、思った以上に強い言葉で否定され驚きました。 責任を取れないことは許可できないご事情はわかるのですが、主治医のこの対応は普通の反応なのでしょうか?他の先生方でも同じように対応されるものなのでしょうか?

2人の医師が回答

認知症、人工弁、嚥下障害もある母の癌

person 70代以上/女性 - 回答受付中

先月78歳の父の肺腺癌、転移ありとの相談をした者です。父は残念ながら他界してしまいました。相談に乗っていただいた先生方ありがとうございました。 父の入院を知りショックを受けたことからからか(父の入院の半月ほど前に圧迫骨折をした)自宅で生活していましたが、痛みを訴え父と同時期から入院しています。(その痛みも、おそらく便秘だったと思われる)入院中母があまりにも腹痛を訴えるため(便秘)万一のため検査したところ、以前から肝臓に嚢胞があったが、その内側に何かあるとなり、 おそらく胆管がんであると言われました。 身体的状況から、緩和治療のみと言われましたが、なんとかなる方法は無いのかと思い、相談させていただきました。 現在入院している病院はがん拠点病院ではありません。(放射線治療できない、心臓外科も無い) セカンドオピニオン?もしくは、普通?に他の病院に受診?して、なにかしら状況が変わり、よくなることはありえないでしょうか? 父が亡くなり精神的な支えを無くし母はとても憔悴して以前にも増して発語もなくなりました。 ちなみに嚥下機能ですが、昨日看護師さんに固形物の差し入れはNG飲み物もとろみをつければいいが、勝手に飲むと誤嚥してしまう可能性高いのでNG プリンやゼリーヨーグルトならOKと言われました。 今月10日頃の父の葬儀の際は外泊をお願いし参列しましたが、その時はエビフライなど食べたがり、危ういですが一応食べられてはいました。(元々危うい)そのほかはポテトサラダや、柔らかいものなど選んで食べてもらいました ご飯も白飯そのままは、食べにくそうだったので、 お茶で少し柔らかくふやかして食べてもらいました。 固形物食べられない、飲み物も全てとろみ。認知症とは、嚥下障害とは、こうなっていくものなのでしょうか?もう改善することはないのでしょうか? 健康優良児!だと医者に言われていた父を急に亡くし、今度は母まで癌だと言われ、私自身の精神も、どうにかなりそうです。 何かアドバイスをいただけたら幸いです。よろしくお願いいたします

5人の医師が回答

がん末期のせん妄の家族 出来ることを探したい

person 60代/男性 -

肺がんで数年来闘病しており、今年に容体が悪化した家族が、抗がん剤治療を経て重いせん妄になってしまい、2ヶ月程経ちます。 具体的な経緯を以下に書きます。痛みで入院し、その前から痛み止めの量がかなり増えていました。抗がん剤の点滴後、数日で自力での歩行やトイレに行くことが出来なくなりました。その位から、存在しないニュースの話をしたり、日付けが分からなくなるといった、せん妄と見られる症状が現れ始めました。 それから今までに、せん妄に関しては悪化の一途を辿りました。自宅に一時退院しても、不安や見当識障害が治る様子はなく、家族が離れると大声で呼び、付き添っても不安定で、記憶も多くは定着しません。 現在は重い認知症のような状態で、本人の情緒不安定性などもますます強くなっている様子です。痛み止めも減らしてもらった上でです。がん自体のこれ以上の積極的治療は難しいと宣告されました。少し歩ける様になったことで徘徊の恐れがあり、在宅介護をするのも難しく、緩和施設でも、拘束とモルヒネ投与しかないと言われてしまいました。 医師によると、原因は、薬の副作用に心身の衰弱や負荷、小規模の脳梗塞、がんそのものによる影響(転移も考えられると病院で聞きましたが、具体的にどれほど転移しているのかは知らされていません)など多岐に渡り、特定出来ないといいます。また、終末期のせん妄で、それ自体を治すことは可能ではないらしいです。 その家族が入院してから、毎日誰かが1日も欠かさずに面会に行きました。退院時も、出来るだけそばに付き添い、話しかけ、素人なりに少しでも良い環境を提供しようと努力しましたが、至らなかったこともあったのかもしれません。もっと早く、せん妄の悪化を防げなかったことが悔やまれます。 病院や医師が、厳しい容体になってしまった家族に対して治療の手を尽くして下さったことにとても感謝しており、がん自体は仕方のないことだと思っております。 また、酷くなるせん妄で現場の方々には多大な迷惑もかけてしまったことも、本当に申し訳なく思います。 ただ、そんな家族の精神状態や脳に対して、本当にこれ以上何も出来ないのか、と諦めきれない気持ちがあります。というのも、3月半ばにはもっと余命幾許もない様子だったのが、今まで生きてくれて、あと数ヶ月程の見立てです。末期にしては食欲がかなり回復しており、少し前から歩行できる様になったりして、本人の様子に、まだ力がある感じがするのです。それで尚更なんとかしたいと思ってしまいます。このまま本人が混乱と精神的な苦しみの中で逝ってしまうには、長すぎる時間です。 もっと穏やかに、でも、可能ならただ薬で眠るだけでなく、本人らしさを取り戻せるような過ごし方も出来る方法を探したいのですが、今までがんによるせん妄について重点的に治療や支援を得る方法を、なかなか見つけられずにいました。 長くなってしまいましたが、このようながんに伴うせん妄に、脳や精神医学等の観点から対応をしてもらえる機関や訪問医等を、今の病院を出て次の緩和施設や在宅に移行した時のことも考え、探しているのですが、具体的な情報があれば教えて頂きたいです。もしくは、どうすればそのような治療に繋がれるのかを知りたいです。 多角的な観点から、諦めないケアを家族が受けられることを願っています。

4人の医師が回答

83歳父、6月頭に突然歩行困難。膀胱癌転移複数脳腫瘍、月末外科手術。7 月中旬放射線治療頃〜急速悪化

person 70代以上/男性 -

4年前に膀胱癌。手術と抗癌剤治療。その後これまで泌尿器科に定期通院。2年前にたまたま肺転移が見つかるも、小さいものが散らばり手術では取りきれないものであり、免疫療法を今年2月まで2年間続け一旦終了、定期的なMRI(首から下)での異常も4月までなし。他の持病としては唯一糖尿病があり血糖値は高く通院、薬の治療は継続。ただし日常生活、頭や体への支障は殆ど不自由なく、週に数時間の散歩もするなど、生活習慣も健康的であった(5月中旬まで)が、5月下旬からやや歩行困難な状態(休み休みで時間かかる)が出始めた。5月上旬に転倒で片足膝を痛めもう片方の足でかばいながら歩き、その足への負担によるものと当時家族は理解していた。そのため整形外科を受診も問題なく徐々に戻るとの見解。しかし6月上旬に突然歩行だけでなく、風呂場で2〜3時間座り込んだままになるような状況があり(その際は救急相談で救急搬送までは不要の判断)、再度近所の泌尿器科や整形外科に行くも改善なし。その後、帰省した長男(私)が6月16日に傾眠、意欲低下の症状が異常と判断し、救急搬送、結果、MRIで3箇所の脳腫瘍が見つかり、6月30日に開頭手術を行い最も大きな(4cm程度の)前頭葉左側の腫瘍を除去。意欲や傾眠の症状の改善はないが、自宅での歩行、食事などは物に捕まりながらもできるため、介護用のベッドなどの環境を整えて一旦10日ほどで退院。また治療方針として抗癌剤(パドセブ)は血糖コントロールが必要であり使わない方針、14日から10回の全脳放射線治療方針となり、再度入院しながらの放射線照射を実施(〜28日)、この間の症状の悪化が著しく、食欲の大幅な低下、それまでできていたトイレへの歩行ができず、介助と車椅子での移動。放射線治療1週間後に発熱と肺炎の症状も出るなど(抗生物質点滴投与)もあった。ほぼ寝たきりの状況に悪化するとともに正常時と変わらなかった認知機能や会話の状況も認知症のような認知や記憶障害はないものの、発声も衰え、意欲低下や傾眠も大きく悪化、一時はリハビリや点滴の栄養補充も拒否。1か月半の入院治療での急激な悪化による精神的な情緒不安定、生きることの諦めに至る意欲低下といった状況に至った。血糖値が下がればパドセブの投与も今後検討される可能性あるが、現時点予定の治療は一通り終わったため、リハビリ転院予定である。悪化については放射線終了時に副作用や肺炎による一時的な可能性の主治医の見解はあった。しかしすでに放射線治療から2週間経過しているが、改善は見られていない。素人であるが私としては全脳放射線の判断(手術困難な小脳にまだ1.5cmの腫瘍が2つ、手術でも取りきれていない、あるいはMRIで見えない腫瘍も含めての対処としてとの説明)が適切であったか、小脳の腫瘍の局所放射などできなかったか、などの疑問は残っているし、因果関係は証明できないが、全脳放射による悪化の可能性を考えている。まずは放射線前の自宅や病院でもトイレまでは自立歩行することを退院、自宅復帰の目標としてリハビリ予定である。もともと意欲や傾眠に関わる前頭葉の腫瘍や浮腫の影響もあったことから複雑ではあるが、本人の急激な悪化による意欲低下改善がまずは課題と考えている。以上のここまでの悪化の原因、現状の所見と予後(今後のリハビリ等による回復、その程度の見込み等).、まずは自宅復帰(自身での歩行、排泄や食事)を目指した症状の改善のための選択肢はまだあるのか、リハビリしかないのであれば、特に精神ケアなども含めてどういうやり方が最善か。以上についてのご見解をいただきたい。

4人の医師が回答

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