腹膜癌転移に該当するQ&A

検索結果:1,215 件

大腸がんステージ4、体温が低いので自宅用岩盤浴マットを導入したいのですが

person 70代以上/女性 - 解決済み

72才の母のことです。 まず経過をご説明します。 2025年11月末頃に大腸がんステージ4・腹膜播種と判明し、原発巣と大きな腹膜播種を切除しました。 2026年1月より抗がん剤(ゼローダ・オキサリプラチン・アバスチン)投与を受けています。同タイミングで肺転移が見つかりました。 2クール後の血液検査で CA19-9は700から44.9に減少、 CEAは4.8 CT上では肺転移は消え、 残っている腹膜播種はもともと1cm大でしたが縮小傾向にある、という状況です。副作用も今のところはひどくないようです。 お聞きしたいのは、母の体温が日常的に35℃台と低く心配しており、自宅用岩盤浴マットなどを使用しても治療に差し支えないか、ということです。  主治医に直接聞くべきことと理解しています。 ただ、過去の質問で主治医を変えたいと質問しましたが、抗がん剤も効いているようで、変えずにそのまま通っており(お答えいただいた先生がた、お礼を言えず失礼いたしました。)、母が主治医に怒られるのではないかと質問をすることを躊躇しているため、直接聞く前にいちどこちらでお聞きしたいと思いました。 岩盤浴マットが良くなければフットバスなど部分的に温めるようなものを検討していますが、その可否や、体を温める安全な方法などついてもご教授いただければ幸いです。 そのお答えを参考に、主治医と相談したいと考えております。 どうぞよろしくお願いいたします。

6人の医師が回答

大腸癌における転移の陽子線治療について

person 50代/女性 -

お世話になっております。私の妻56歳のご相談です。 2021年7月に大腸癌S字結腸癌と診断され手術をすぐ行い、 結果、ステージ4腹膜播種。先生からは播種は目に見えるものは 全て採ったとの事。その後抗がん剤治療(XELOX+アバスチン)を 行い2022年1月に肺への転移の切除手術。暫く抗がん剤治療は 止めておりましたが、子宮への転移が見つかり2022年6月に 切除手術。その後、8月よりFOLFIRI療法+ベクティビックスを スタート但し、イリノテカンは2ヶ月で副作用が強く中止。 ただ、その後落ち着きまして、2022年8月から2025年3月まで CT検査でも問題ない状態が続きましたが、2025年6月に肺に 約9mmの影、9月に腰骨の近くのリンパに少し影が見えるとの 診断でした。先生はまだ抗がん剤を変更せず、このままで12月 まで様子をみましょうとの事でした。 まだ先生には聞いていませんが、先生としては過去の事例から 手術はしないほうがよいとの事で、いろいろ調べたところ、 抗がん剤治療しながらでも、陽子線治療が出来るとわかったのですが、 そこでご相談です。 1.現在の2ヶ所の転移場合で陽子線治療は出来ますか。  2.そもそも私の妻の場合、抗がん剤治療をそのまま続けるよりは、  陽子線治療を行ったほうがよいと思うのですがいかがでしょうか。  また、その効果はどうでしょうか。 3.現在、大腸癌からの転移で健康保険対象になりますか。 以上、ご回答の程、何卒宜しくお願い申し上げます。

2人の医師が回答

回復する可能性はありますか?

person 60代/男性 - 解決済み

65歳男性、大腸がんステージ4 肝転移、十二指腸転移、腹膜播種あり。1月から咳と熱の症状と吐き気があったので、1が31日夜間に診てもらえる総合病院に行ったところ、色々な検査を経て、大腸がんステージ4と診断され即入院となる。当初の話しでは入院期間2週間、点滴で熱と吐き気が治ったら退院して、自宅から抗がん剤治療をする予定だったが、症状が治らず下血が始まり、それに伴う貧血の症状も出たので輸血を開始し、貧血が治ったら胃と空腸のバイパス手術をすると、治療内容が変更になる。手術を無事終え、いよいよ次の日から飲み物開始となったところで、いきなり黄色い液体を滝のように吐き戻ししてしまう。主治医が、もしかしたら繋ぎ合わせた腸の角度が悪く、きちんと胃液が流れてないのかもとのことで、次の日再手術となる。しばらくして、飲み物を開始したところ、また吐いてしまう。今は、腸ろうから飲み物を入れている状態です。1月の入院の時は、熱があっても会話もできたし、点滴のスタンドを押しながら病院内をうろちょろするくらい元気だったのに、2回目の手術後はすっかり弱ってしまい、体を起こすのも、人と話すのもしんどそうで、虚な目をしながら寝たきりの状態です。先生は、色々な検査をして手術の経過は問題ない、何が原因かわからないと言われました。今の状態から回復する可能性があるのか知りたいです。お見舞いに行く度に弱っていく夫を見るのは辛いです。 長々とすみません、よろしくお願いします。

5人の医師が回答

祖父の胃がん 全摘について

person 70代以上/男性 -

72歳の祖父が進行胃がんと言われました。 1年半前から貧血や倦怠感があったのでかかりつけ医で胃カメラをしたところ特に所見はなしでした。 しかし今年11月に再度検査をすると腫瘍が見つかり大きい病院で見てもらったところ進行胃がんでした。医師曰くステージ3でした。 膵臓にくっついていて噛みつきに行ってるらしく手術ができないので、抗がん剤のオプジーボ、オキサリプラチン、ティーエスワンを術前抗がん剤として3クールして、3/2に再度造影CTや胃カメラをしました。その結果、ガンが小さくなっており、手術ができるようになりました。医師曰く、ステージ2に下がったとのことです。リンパ節も最初は腫大が見えましたが、抗がん剤後はCTでは見えなくなりました。遠隔転移や腹膜播種なども大丈夫そうでした。 手術がもう迫ってきていますが、ダヴィンチ手術という手術方法で全摘です。 全摘したらダンピングとかでご飯があまり食べれなくなったり10kgは痩せると言われているので、可哀想で仕方ありません。 医師が言うからには絶対に揺らがず全摘なんでしょうか?開けてみたら残せたみたいな可能性などないでしょうか? またどのくらいで回復しますか?仕事復帰は厳しいでしょうか?(現場作業です。ユンボに乗ったりが主です) 今食欲旺盛でもりもりご飯を食べて糖質や炭水化物、お肉などをバリバリ食べてますが癌が手術までにまた大きくなったりしないでしょうか?癌のエサと聞いたので....。 たくさん質問して申し訳ありません。 よろしくお願いいたします。

4人の医師が回答

卵管がんIIIC・HRD陽性 維持療法開始時CA125 2,400 今後の低下はどの程度期待できるか

person 50代/女性 -

【患者背景】 55歳女性 2025年診断 卵管がんステージIIIC(高異型度漿液性)、HRD陽性 腹膜播種広範、脾臓・膵臓転移あり 【正確な治療・CA125推移】 初診・術前      CA125 6,900 TC療法1〜4回目(静脈) → CA125 600 2025年6月 腫瘍減量術(腹膜播種7割除去、脾臓・膵臓残存) → 術直後        CA125 13,000(手術刺激による急上昇) 術後TC ├ 6回目:腹腔内カルボプラチン(1回のみ) └ 7〜10回目:静脈フルドーズ → CA125 13,000台 → 3,000台 → 最新2,400(11/5投与前) 【最新画像】 2025年10月CT 新病変なし(SD) 【現在の治療】 2025年11月26日より維持療法開始(開始6日目) ・ベバシズマブ 15mg/kg 3週毎 ・オラパリブ 250mg×2/日(体重34kg台のため標準300mgより減量) 【開始6日目の副作用】 ・悪心 ほぼゼロ(Grade 0〜1未満) ・倦怠感・食欲不振 TC残存+低栄養が主で回復傾向 ・高血圧・鼻血 なし 体重34kg台(元42kg) 【質問】 術前6,900 → TCで600 → 手術で13,000上昇 → 腹腔内+静脈TCで2,400まで再低下、HRD陽性という経緯で、 オラパリブ+ベバシズマブ維持療法により CA125はどの程度・どのくらいの期間で低下が期待できますか? 最終的に正常値(35以下)まで到達する可能性はどのくらいありますか? (PAOLA-1試験や実臨床の類似症例データがあれば併せてお願いします) ご教示いただければ幸いです。 よろしくお願いいたします。

1人の医師が回答

母が大腸がんステージ4です。こちらが希望していないのに医師に余命宣告をされ転院したいです。

person 70代以上/女性 - 解決済み

母が大腸がんステージ4です。 原発巣は摘出しましたが、腹膜播種と肺転移があり、抗がん剤治療を始めて1ヶ月です。 現在かかっている病院では乳がん検査をしておらず、別の病院で乳腺エコーを受けたところ、小さな腫瘍が見つかりました。 担当の医師に「生検をしていいか主治医に相談に行くように」と、指示を受けました。 主治医は開口一番「自分の置かれている状況が分かってますか」と母に詰問をしました。 どうやら院内のミスコミュニケーションがあり、母は「自分の病状を軽く捉えており、抗がん剤を止められると思っている」、と主治医が勘違いしたようでした。 母は質問の移動がわからず、しどろもどろの返答しかできませんでしたが、 そのとき主治医が「あなたのようなケースはだいたい3年生きると言われています。抗がん剤を止めることはできないんです。」 と言いました。 これまで余命のような話はなく、(もちろん5年生存率など検索はしていましたが)、 強い口調で詰問されたあとに予告なく余命宣告のようなことをされ、母は非常にショックを受けました。 こちらとしては、この腫瘍が何物か把握したいという思いがあっただけで余命宣告を受けるなど心の準備ができておらず、その夜母は体調を崩しました。前日までは「頑張るわ」と言っていたのに。 主治医が「母の余命」としてではなく「一般的なケースとしては」という趣旨で言ったことは理解できますが、母にとっては余命宣告です。このような主治医の行動はよくあることでしょうか? 私としては、主治医に心を傷つけられるくらいなら転院したいと思っているのですが、これはわがままでしょうか? お答えをいただけるとありがたいです。

8人の医師が回答

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