せん妄家族ができることに該当するQ&A

検索結果:107 件

大たい骨骨折手術後のリハビリについて

person 70代以上/女性 - 解決済み

ホーム入所中の85歳母が転倒を繰り返し大たい骨頸部骨折し救急入院。両側同時に手術。左は人工骨頭置換術、右は骨接合術(スクリュー)でした。術後の経過は順調で現在は手術受けた急性期病院でリハビリしています。 病院の紹介で、回復期リハビリ病院に入院申込み。回復期病院は受け入れ可能ですが、万床のため今月内の転院は難しい、来月初旬にベッドが空き次第です。母本人も転院することを受け入れています。1週間前にせん妄に近い状態だったためセンサーマット利用でしたが昨日に外しました。ところが母のリハビリが順調で歩行器を利用してトイレへ行けるようになり、昨日から介助なしとなっています。頻尿のため明日からトイレに近い部屋へ移動する予定です。 昨日、担当看護師からホームへ帰宅を促す発言が何度もあり戸惑っています。回復期へ転院すると環境変化があるのでと。ホームは病院ほどリハビリはできず、居室から食堂までも距離があるのでひたすら不安な状態で歩くしかなくなります。過去数年間はシルバーカー歩行なのに、現在の病院のリハビリ目標が勝手に杖歩行になっています。骨折前から杖歩行は拒否、シルバーカーで安定していました。先生からの説明もなく、病棟の都合でホームへの帰宅と方向転換しているのでは?と不審な気持ちです。 ・回復期への書類は手術直後の状態でしたが、急性期病院でのリハビリが順調だから回復期病院への転院を断られることがあるのでしょうか? ・急性期病院で一日1時間ほどにリハビリがあるから歩行できていますが、ホームでのリハビリは期待できず、母自身もまだホームへ帰るのは嫌だとの状態ですが、回復期病院への転院のチャンスを逃してしまい、また転倒してしまうのでは?と心配です。家族・本人の意向も聞かずに杖歩行を目標にしていることを不服に感じます。 専門の先生のご意見をご教授いただきたいと思っております

7人の医師が回答

大動脈解離手術後のせん妄・ICU症候群等からの回復について

person 70代以上/男性 -

74歳の父が、昨年12月10日に大動脈解離(スタンフォードA型)で倒れ、12時間に及ぶ緊急手術を行いました。 倒れた段階では意識レベルはやや低下していたととも聞きましたが、手術直前に会話した段階では、意識は通常通りに回復していた印象です。 12時間に及ぶ手術は成功しましたが、腎臓の機能低下などから多臓器不全に陥り、一時期は主治医から「覚悟も必要」と言われる状況でした。そのころから今まで透析を行っています。 しかし年明けから回復し、スピーチカニューレ挿入などを経て、数日前に一般病棟の個室に移れました。 ICUには一か月ほどいましたが、1月半ばには口からの食事もはじまり、かけた音楽に「これは〇〇だね」と反応するような、通常の会話もありました。 また、手術後のCTでは、腎臓を除き脳を含む臓器に大きな異常はありませんでした。 年明けからは簡単なリハビリもはじまっています。 ただし、せん妄で暴れてしまうことがあり、精神科の先生による薬の処方や、手を拘束するような処置はありました(一部は今も)。 父の体格が良かったこともあり、回復はとても順調だと主治医の先生にも言われたのですが、5日ほど前に一般病棟の個室に移ってから急に元気を失い、会話が減ってしまいました。せっかくスピーチカニューレも抜けたのですが。 車いすに座ったり、歩行器で少し歩くこともありますが、ICUにいたころよりもむしろ衰えたように感じとても心配です。 個室に移った直後には、かなり不安がったり少し暴れたりもしたようです。 以下、質問です。 ・こういった症状は、環境の変化による一時的なものなのでしょうか? なお父には認知症はありません(倒れる直前にチェック済み)。 ・リハビリにより回復が期待できるのでしょうか? ・家族は父にどう接するべきでしょうか?

5人の医師が回答

てんかんで転倒し意識障害で寝たきりに

person 50代/女性 -

80歳の母の事です。55歳でくも膜下出血になり手術、この時は後遺症も出ず回復しました。昨年5月再度くも膜下出血で手術。重い認知症になりせん妄と徘徊、短期記憶はだめですが家族を含め人はわかり話も出来ました。手術から約4か月後リハ病院でてんかんの発作を起こしデパケンRを服薬その後発作はおきませんでした。10月末老健施設に入所し、元気に徘徊していました。ところが廊下で仰向けに倒れ痙攣しているのを発見され病院に運ばれました。発見から治療を受けるまで約一時間痙攣状態でした。中々意識が戻らずシャントが効いていないことがわかり水頭症になっておりシャントのやり直し手術を受けました。すぐ目を開けるという事でしたが時折目を開け返事する程度。その後の検査で血中アンモニア値が高い、肝機能の低下、甲状腺機能の低下が判明し薬で正常に。デパケンも止め別の抗てんかん薬を増やし、脳の状態は画像で見る限り転倒前の状態に戻っているそうです。それなのに殆ど寝ている状態で手足は脱力したままです。先生はおそらく転倒から治療までの時間の脳の酸欠状態による低酸素脳症だ ろうと言われました。ちょうど入院してから二か月になります。もうこれ以上回復は見込めないのでしょうか?回復期のリハ病院は断られ経管栄養の為施設にも戻れません。出来れば自宅復帰を願っているのですが今の状態では自信がありません。病院からは療養型の病院を打診されています。母の回復のため何をしたらいいか教えて下さい。

1人の医師が回答

左下肢頸腓骨骨折手術後のプレート露出について

person 70代以上/女性 -

71歳、糖尿病の既往ありの母親が、交通事故で下肢脛腓骨骨折で手術をしました。髄内釘を入れたのと、足首はプレートが入っています。 小さな傷は抜糸もでき、かさぶたになっていますが、足首の大きな傷は塞がらず、術後1ヶ月経ってもジュクジュクとしていて、プレートが見えてきてしまいました。 今は、傷を生理食塩水と市販の薬用石鹸で洗浄してもらっています。 超音波を当てると治りが良いとのことで、しばらく当てていましたが、今度から電気を当てる処置をするそうです。 現在、リハビリで歩行訓練も始めていること、糖尿病もあり、体や患部の感染などを考えるとリスクもあるので、しばらくは様子を見ながら、プレートを外す処置は最終手段だそうです。 傷が塞がらない状態で、主治医は3週間ほど毎日消毒を行っていました。「このまま傷が良くなるとも思えず、この先この状態で受け入れ可能な転院先もないし、うちでの入院も限度があるし、あとは通院で消毒に通ってもらう」と言われ、途方に暮れていたところ、同日、執刀を一緒にした医師が診てくれ、急に治療方法が変わりました。 すぐに抗生剤が服用から点滴に変更になり、入院からずっと使っていた氷枕が撤去され、消毒から洗浄に処置が変わりました。 正直、主治医の今までの処置と言葉に疑問を感じましたが、執刀してくれた別の医師の指示もあったのだろうと、様子を見ようとしていた矢先にプレートの露出です。 母本人は、事故のショックからせん妄状態になり、そのまま認知症の症状が出てしまいました。 糖尿病により神経障害もあり、動脈硬化で狭心症にもなったりと、家族なりに傷の治りが悪いことも、骨粗しょう症になっていることも承知です。 今後の治療方法として、今の処置方法はポピュラーなんでしょうか? また、糖尿病を持つ患者への対応としてどうするのがいいのか参考までにお聞きしたいと思います。

2人の医師が回答

3歳の子ども、咳と鼻水の後の発疹について

person 乳幼児/男性 - 解決済み

3歳の子どもの体調不良が続いています。別件で、7月中旬に家族全員コロナに罹患しました。以下が経緯です。 8/9 軽く咳が出始める、耳鼻科受診。 クラリスロマイシンDS小児用10%、カルボシステインDS50%、メチエフ散10%、モンテルカスト細粒、デキサメタゾンエリキシル0.01%を朝晩処方。その後、毎日服薬。 8/10.11 咳が悪化。 8/12 咳のみだったのが鼻水も出始める、朝37.4度、昼37.7度、夜38.5度、カロナール服薬。熱せん妄なのか、夜間譫言、何度もうなされたり泣いたりして起きる。 8/14 日中熱なし、咳と鼻水は酷い、夜間にまた熱が上がる。(深夜で熱は計測出来ていません。) 8/15〜18 熱はなし、相変わらず咳が酷い、鼻水は黄緑。咳は痰が絡んだような深い咳。 8/19 薬が切れたのと咳と鼻水が改善しないので耳鼻科を再度受診。 トスフロキサシントシル塩酸塩小児用細粒15、カルボシステインDS 50%、メチエフ散10%、モンテルカスト細粒、オロパタジン塩酸塩細粒0.5%デキサメタゾンエリキシル0.01%を朝晩、処方。特に医師からコメントはありませんでしたが、マイコプラズマ肺炎も疑っておられるのかなという感じでした。夜ご飯の後に薬を飲ませ、10分もしないうちに入浴をしました。その時に身体を見ると、お腹と背中に発疹が出ていることに気づきました。写真を添付します。 質問が何点かあります。 1、この発疹はウイルスによるものか、それとも薬疹なのでしょうか。 2、ウイルスだとしたら麻疹、風疹を心配をしていますが、この経緯でその可能性はあるのでしょうか。双子がおり、体調不良が続いていたため、1歳からの麻疹、風疹を含むワクチンを接種が出来ていないので気になっております。双子も発疹以外の症状(咳と鼻水、短期間の発熱)が出ました。 教えていただければ幸いです。

5人の医師が回答

全身状態が悪い中での治療開始

person 70代以上/女性 -

前回の質問で成人スチル病治療中に心不全と肺炎を発症し、乗り越えたが全身状態が悪くなった75歳の母の質問をしました。 成人スチル病は数年かけてやっと今月診断がつきました。 この入院は心不全と肺炎のための入院でしたが、入院して尿路感染症と薬疹と、耐性菌まで出てしまって治療は難航しました。今現在入院50日ほどです。 その後、心不全と肺炎が軽快したらアクテムラを使い治療をする予定でしたが、当日いきなりの高熱と血圧低下があり、「敗血症性ショック」を起こしました。これが一週間前の話です。 状態は徐々に改善され、低空飛行ですが落ち着いたので、昨日浮腫と胸水の改善のためにアルブミンを点滴開始しました。今月中に10本使うそうです。 中心静脈栄養とタゾピペの点滴もしています。プレドニンは点滴で60mgも毎日入ってます。 もう1ヶ月ほど飲食はほとんどなしです。嚥下状態も悪いです。 寝たきり全介助で、自分では寝返りも打てません。せん妄もあります。 まだアクテムラは開始していませんが、先生は「状態が落ち着いてアクテムラを開始できれば」とおっしゃっています。 家族の私からすれば、もうコミュニケーションもほとんどとれず、口を開けば「きつい、きつい」と言う母に、肝臓も腎臓も膵臓の数値も悪くなってきたと昨日先生に言われた母に、強い治療をする意味がないようにも思えてきました。 ステロイドを早く減薬しないといけないことは十分理解しています。 生きていて欲しいと思うのに、治療をする希望がどうしても持てません。 このような状態の体でも、アクテムラを試してみるべきでしょうか? 入院してから許可をもらい、毎日数時間付き添っていますが、明らかに日ごとに弱っているのがわかります。

2人の医師が回答

80代前半、急性硬膜下血腫の経過観察について

person 70代以上/男性 -

●8月30日深夜(31日午前) 座った状態から転倒。意識障害等はなく、その他気になる症状もなし。   ●8月31日〜9月3日夜 特に異常なし。   ●9月4日早朝 右手に力が入らないことから、急いで救急へ。   CTの結果、左側に出血があるとのこと。そのまま入院。診断は急性硬膜下血腫。右手の握力は、同日午前中に戻る。   ●9月5日 CTを再撮影した結果、血腫の増大はなし。主治医の説明によれば、出血量はそれほど多くなく、血腫もあまり厚くないため、薬で血腫を散らす方針(処方薬:ビムパット、五苓散、トラネキサム酸)   リハビリのために数ヶ月の入院を提案されるが、せん妄や認知症発症等の可能性を指摘されたため、外来リハビリを希望したところ、許可される。   ●9月7日 退院   ●9月26日に、再度CTを撮影する予定。     【相談内容】 医師の説明によれば、薬で散らす間に逆に血腫が増大したり、慢性化する可能性もあるとのことでした。   退院後の数日間と比べ、ここ数日で、気になる症状がいくつか出てきました(右手の拘縮、意識がぼんやりしている印象が強くなった、など)。   血腫の増大が心配になり、9月15日に主治医に相談しました。   主治医は、「拘縮は脳の影響だろう。血腫が増大しているのかもしれないが26日までは様子見。すぐにCTを取る必要もない。認知症状については、血腫が消えても回復しないケースが多い」との説明でした。   家族は、できるだけ元の状態に近い状態まで回復させたいと思っているのですが、主治医がそうした思いを共有してくれているのか不安になってしまいました。   症状が悪化しているような見えても、主治医の指示通り26日まで様子見で良いのでしょうか。 どうぞ宜しくお願い致します。

5人の医師が回答

大腸がん(S状結腸がん)ステージII。抗がん剤、やるべきか?

父(60歳、糖尿病、高血圧、肥満163cm、90kg)が、救急搬送され腸閉塞を来たしたS状結腸がんであることが判明しました。チューブで排出していたが改善されず、入院3日目には緊急手術(5時間半)となり、予想ではステージIII以上でしたが病理検査の結果はステージII(リンパ節転移なし)。「ギリギリの所でくいとどまっていて良かったね。」と言われました。一時的人工肛門も造設されました。1年以上先に大腸を繋ぐ手術と人工肛門を閉鎖する手術を予定していますが、医師としては「閉鎖はせずそのままの方が良いかもしれない」そうです。糖尿病(インスリン注射なし、服薬のみ、HbA1c:6.8、網膜症あり)や心肥大の状態をとても注意されました。術後は、肺炎から敗血症になりせん妄もきつく、手を拘束され、一時は危篤になりましたが、10日前に無事退院しました(2ヶ月半の入院)。創感染もあり今も2日に1度は通院しています(もう膿は止まっているがふさがりきっていない)。昨日、医師から「ステージIIだけど、まだ若いので飲み薬の軽めの抗がん剤を飲んだ方が良いけど、肝機能障害などの副作用もあるからね。どうする?飲んでみてキツかったらもう少し軽いのに変えてもいいし。」と言われました。父は今、人工肛門のことで頭がいっぱいで毎日憂鬱そうで、これ以上面倒(副作用など)な事を増やしたくない、といった感じです。家族としては少しでも長生きできる道を選んでほしいのですが・・。抗がん剤を服用したことでかえって体に負担があるのだとしたら(例えば糖尿病の悪化など)、それもまた心配なのです。父のような場合、抗がん剤をやるべきでしょうか? またこれから始めるとしたら、時期的に「遅い」という事はないでしょうか?(術後回復してからすぐが良いと知人から聞いたので気になりました) -長々と読んでくださりありがとうございました。

1人の医師が回答

脳梗塞とわかるまで4日かかりました。もっと頻繁にMRI検査しないものなのですか?

person 70代以上/男性 -

77歳の父に複視等の症状が出て救急車で総合病院に行きました。MRI検査等しても原因がわからず、入院から4日目に再度MRIを撮って脳梗塞と判明しました。現在は退院しましたが後遺症が残っています。4日目までわからなかったのは遅すぎるように思うのですが、2日目3日目にMRI検査は普通しないのですか?早く治療ができていれば後遺症がもっと軽く済んだのではと思ってしまいます。 1日目…複視、ふらつく、ろれつがおかしい等の症状が出る。家族が脳梗塞を疑いすぐ救急車を呼ぶ。医師も脳梗塞やTIAを疑いMRI、心臓、血液検査をしたが異常なく、詳しく調べるために入院になる。この時点では眼球運動障害(左の黒目が動かず)と平衡感覚異常という診断。血液希釈療法を開始。過去に心房細動の既往あり 2日目…朝になると眼球運動障害はなくなる。医師はTIAの可能性も考える。ろれつの周りにくさは悪化 3日目…せん妄で転倒しCTを撮るが大したことない。眼球運動障害が再発。ろれつも悪化し表情がうつろになり、受け答えがぼんやりする 4日目 神経内科の検査で異常なし。再度MRIを撮ると脳幹と右の視床に小さなつまりがあり、脳梗塞(ラクナ梗塞)と診断が出る。抗血小板薬等を使い始める 以降は良くなり現在は退院して自宅に戻っていますが高次脳機能障害と軽度の運動障害が残っています。医師いわく1日目はMRIに映らなかったからわからなかった、TIAも考えたがT-PA療法は副作用があるため脳梗塞と診断できない以上できなかったそうです。 1、TIAを疑っても検査で異常がないならT-PA療法は行わないものですか?ABCD2スコアは4点にはなるのですが 2、DWIの偽陰性率は発症3時間以内の場合26%、12時間以内でも19%という報告があるそうですが、偽陰性を疑い2日目や3日目に再度MRI検査はしないものなのですか?

6人の医師が回答

「遺伝性の脳血管性の認知症」にレベチラセタム錠250mg処方され昏倒、意識障害にて入院

person 70代以上/男性 -

77歳の父ですが、脳神経外科の医師から遺伝性の脳血管性の認知症と言われ、脳の画像には黒い小さな点点が脳の中心にではなく、頭蓋骨側に数え切れない程点在していて、それによリ脳が萎縮している状態と診断されました。 その日にてんかんの薬、レベチラセタム錠250mg(トーワ)を処方され、朝、夕食後1錠服用させた途端、腰が抜けたように立てなくなり、ベッドに移動することもできず畳でそのまま昏睡状態になり入院となりました。 薬を飲むまでは3食ちゃんと食べられて、家族のことも認識できていて簡単な会話もでき、自分で立つことも少しなら歩くこともできました。 現在も入院中ですが、嚥下能力が低下してしまいCVポート手術を行いました。 自力で身体を起こすこともできず、ベッドに両手を縛られ、今でも殆どの時間眠っています。声をかければ家族のことは認識できていますが、今でもせん妄状態にあります。 薬を処方したドクターは当院日でも様子を見に来ることもなく、こちらを無視しています。 (同病院で入院しています。) 父親の症状でてんかんの薬、レベチラセタム錠250mg(トーワ)を処方するのは一般的なのでしょうか?医師の間で推奨されているのでしょうか? 母曰く今の主治医はカルテに薬の副作用による意識障害と書いているようです。「なんで出したんだろ」とも言っていたようです。 詳細の分かる医師の方がいらっしゃれば知見を頼りたく。 よろしくお願いします。 (入院きてから2週間経ちます。)

2人の医師が回答

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