手術後 意識が戻らないに該当するQ&A

検索結果:613 件

誤嚥性肺炎で急に意識レベルが低下して意思疎通ができなくなった

person 70代以上/男性 - 解決済み

73歳父、10年前に急性白血病を患い臍帯血移植で寛解しましたが 2年前に腰あたりの帯状疱疹発症をきっかけに体調不良が続いた中で、手の震えや傾眠のような症状等があり、結果脳の悪性リンパ腫で都内病院に入院しました。 開頭手術と抗がん剤を飲む形で退院をして普通の生活を送っていましたが去年末にコロナ罹患があり肺炎を発症。その後体調を崩すたびに肺炎で入院し、治って口からの食事が出来るようになると退院するというのを2〜3回繰り返しました。 誤嚥性肺炎が治って口から何でも食べられる状況だったことと、(今思えば)特に嚥下のトレーニングの指示もなかったので食べたいものを食べさせていたのですが、どうやらその蓄積のせいか先月6/8に誤嚥性肺炎で緊急入院。6/7までは微熱などもありながら食欲もあって自分で起き上がるなどもできていたし会話も出来ていました(入退院の繰り返しでややせん妄の症状はあった) しかし6/8の入院をきっかけに、自分で痰を出せなくなったため30分ごとに大量の痰を引いてもらったり口から食べ物が食べられない状態になったため鼻から栄養を入れることを選択し引き続き入院中今日に至ります。 6/8の入院当初から意識レベルが一気に下がり一切喋らなくなってしまいました。目もうつろです。今まで何度か肺炎をやって来ていたのですが、今までと全く様子が異なる印象です。 前置きが長くなりましたが、意識レベルが低下し会話ができない状態で鼻からの栄養を続けて1ヶ月が経ち、状況は全く好転せず、むしろ痰が絡んでいつ死んでもおかしくないような状況です。 誤嚥性肺炎が原因でこのような症状(入院前日までは会話も立ち上がりも食事も1人で出来ていたのに入院後目に焦点が合わなかったり声を出すこともできない)まで落ちることはよくあることなんでしょうか。 担当医から、鼻からの栄養をこのまま続けるのか?胃瘻にするか?静脈栄養にするか?を問われていますが、どれも(口からも食べれないし意思疎通もできないから)延命措置を選択するように言われているようで、家族としてはこんなに急に意思疎通や会話ができなくなるなんて、肺炎の影響ではなく2年前の脳の病気が影響しているのではないかと疑ってしまい、このまま静かに延命治療を…という気になれないのが正直な気持ちです。脳で悪さをしている何かを撃退すれば意識が戻って嚥下のトレーニングとか出来ないものだろうか…と思ってしまったりします。 誤嚥性肺炎で一気に意思疎通ができなくなるほどの症状まで落ちる(悪化)ことはよくあることでしょうか?また、脳の病気を疑ってかかりつけ医に相談はする予定ですが肺炎の症状(現状たん吸引が必須)があっては難しいものでしょうか?

4人の医師が回答

膵臓がんについて  

person 70代以上/男性 -

こちらで意見をお聞きしどうこうするつもりはありませんが、今更ですがセカンドオピニオンとして意見をお聞きしたいものです。 大きな私立大学病院でした。 今回のような症例は稀なのでしょうか。 72歳男性 健康状態良好で1人で買い物や日常生活何の問題も無く過ごしていました。 原付でよく外出したり、車の運転(数百キロの移動)もよくしていました。 4,5年前咽頭がんを患い放射線治療を行い完治し定期検診で通院するも再発はありませんでした。 2年ほど前に膵臓に影が写るも悪性では無く原発性のもの。 NETでもなく診断確定できず。 造影MRI実施するも悪性ではないとのことで、定期的に通院をしていました。 関連の検査かPET検査で今回膵臓がんが早期発見され、ステージ0もしくは1のレベルで自覚症状無く、膵体尾部切除術を勧められました。 家族同伴検査結果説明、手術前説明でもかなり元気でしっかりしていますので、何の問題もないと思いますと主治医から説明を受け、約2週間で退院可能との説明もありました。 その後手術し無事終了と医師から聞き安堵しました。 手術翌日の歩行練習にて激痛で動けないと本人から申告するも、3日間は練習させられたそうで、血液検査の結果、全身に炎症成分が回っておりそれが原因で、その後の検査で膵液漏が発生していたと判明。 術後11日目1L、12日目8L、13日目8L超の腹水により、点滴で補っていた水分が全て排出され、体内水分のバランスが難しく、血液量の減少により血圧が低下し意識不明となり、ICUに搬送されました。 そこで肝臓がダメージを受け肝硬変になったと知らされました。 ナースステーションから1番遠い個室で、ナースコールボタンもベッドから落ちて呼べず、たまたま巡回に来たとき気付いてもらえ本人より死を感じたと聞きました。 5日間ICUで過ごし一般病棟へ戻りましたが、4日後再びICUへ搬送。 再度4日後一般病棟へ5日後ICUへ。 11日間ICUで過ごし一般病棟へ4日後またICUへ。 2日後一般病棟へ。 快復したわけではないがICUにいても改善が見られず病床確保のため、一般病棟に移ってもらったようなことを言われました。 ナースステーションに1番近い個室でICUの方も出入りしていました。 ICU担当医より点滴で水分バランスを保っているので、あとは本人の力で快復してもらうしかない状況と説明がありました。 その繰り返しで途中何度か担当医より説明がありましたが、出術前検査で何も映っておらず完全除去したのに、なぜ腹水が止まらないのか理解できないと言われました。 医師が理解できないものを一般人の私たちに分かるはずもありません。 術後48日目危険な状態と連絡が入りました。 再度その日CT撮影した写真を見せてくれました。 出術前検査で何も映っていなかったのに、仮に映らない小さながん細胞があったとしても、48日で肝臓やリンパに大量の転移が見られ、こんなにも早く進行するのは見たことがなく理解できないと再度言われた。 その説明後、約1日で息を引き取りました。 本人は最期まで意識がありずっと背中が痛いと言っていました。 術後49日間絶食で全て点滴のみでした。 最期の6時間は何度も黒いものを吐き出し、看護師さんに吸引してもらいました。 母のとき同様肝臓がん末期症状と思っています。 今回のようなケースは稀なのでしょうか。 本人も約2週間で退院する予定で、色々とスケジュールを組んでいました。

4人の医師が回答

95歳母、入院中ですが、左手に浮腫みがあります

person 70代以上/女性 -

95歳の母です。2011年に右脳皮質下出血で手術し、その後回復。2019年に左脳皮質下出血し、右半身麻痺、失語症等の後遺症が残りました。ほぼ寝たきりですが、安定した状態が続いていました。今年9月に症候性てんかんを初めて発症し入院。約一月で退院。12月に再び痙攣が起き入院したところ、右前頭葉皮質下出血でした。出血はさほど大きくなく、広がってもおらず、痙攣も治まったため、来週退院できそうです。         9月入院時の治療では、抗てんかん薬レベチラセタム錠250ミリグラムを胃瘻で注入。退院後も朝夕継続して服用。今回の入院では抗てんかん薬の量を倍にし、退院後も継続の予定です。ただ、傾眠が強まる可能性があり、実際、今回の入院中眠っていることが多いと感じます。元々、傾眠の傾向はあるのですが、覚醒することもありました。今回も退院後、意識レベルに変化が無いことを祈っています。 前回の入院で、点滴の影響か、体全体に浮腫みが出て体重も3キロ増え、水分を排出する治療で 改善しました。今回の入院では、点滴は入院して間もなく外したのですが、左手が1週間以上浮腫んでいます。看護師さんの話では、腰まわりも浮腫んでいて、左手だけではないとのこと。血流が悪くなっていたり、心臓の機能低下があるかもしれないとのことでした。利尿剤を使っても、脱水症状が心配とも言われました。母は、かかりつけ医から、弁膜症の中等症と言われており、今回の浮腫みが大変心配になってきました。10月の退院後の血液検査ではBNP96.6で、6月BNP71.5,3月BNP75.4で、循環器専門のかかりつけ医はさほど心配していませんでしたが。 今日、病院の主治医に浮腫みのことを尋ねましたが、特に治療はしないとのこと。利尿剤はあまり良くないようでした。 浮腫対策として、看護師さんにお願いして、左手を心臓より高くしておきました。  来週退院して施設に戻りますが、今後、浮腫みは改善するでしょうか?改善のための有効な方法はあるでしょうか。 よろしくお願いいたします。

7人の医師が回答

大腿骨開放骨折の予後について。

person 20代/男性 -

2025年6月頃、交通事故で右大腿骨の開放骨折をしました。 その後複数回手術を受け、2回目の手術の際に骨髄炎(感染症)を発症し、約1か月入院が延長になりました。9月に一度退院しましたが、その5日後に再感染疑いで再入院し、さらに1か月ほど入院しました。現在は2026年4月頃に再度の植骨術を予定しています。 25年12月頃に風邪のような症状で5日ほど寝込んでから、一気に筋力と膝の可動域が低下しました。それまでより可動域の少ないまま歩行や生活を続けたせいか、その次に襲って来たのは座位から立ち上がる動作で右足の付け根〜内ももが強く痛みになります。 (骨髄炎の時は大腿部から脛に響くような痛みでしたが、今回は場所と質が違う感覚です。) その時ボルタレン、トラマドールを服用して飲み始めて痛みはすぐ消え、現在はたち座り、車での移動は可能になりました。 ですが、現在も内腿?足の付け根あたりが痛み、動くリンパのしこり?みたいなものも2個あるのも勝手に気になってます。 話が脱線しましたが、12月のその痛み、立ち辛さが起こる前は 足の開閉 挙上が余裕 屈曲50度〜55度 だったのですが、 現時点では 膝の屈曲は約45°でストップ 以前はできていた脚の開閉・挙上(足を持ち上げる動作)ができない。うつ伏せじは開閉可能。挙上に関しては左足をサポートで使わないと基本❌ 25年12月初めには、杖なしで10mほどの二足歩行が見えていたが、現在は振り出しに戻ってしまった という状況です。 主治医からは「膝はかなり固い、ガチガチ」と言われており、癒着剥離手術も検討はしているものの、身体への負担(輸血が必要など)から、まずは今後の植骨2回で骨をしっかりくっつけてからでないと判断できないと言われています。 普段あまり歩かない生活をしてきたこともあり、受傷から7か月以上経っても回復の実感が乏しいことを家族や友人から指摘されると、とても落ち込みます。丸一日歩くと、翌日は右足全体がパンパンに重だるく、常に右足だけ強い疲労感が残るため、ロキソニンやカロナールを内服しています。 現在一番気になっているのは、 なぜ内もも(股関節内側〜内転筋付近)の痛みが続いているのか このままリハビリ・筋トレを続ければ、どのような経過で、どこまで回復が見込めるのか という点です。 安心させてほしいというより、医学的な観点から考えられる原因や、今後3か月(4月の植骨まで)に特に意識すべきリハビリ・生活上のポイントについて、率直なアドバイスをいただければ幸いです。

6人の医師が回答

妻の医療状況に関するご相談

person 60代/女性 - 解決済み

妻の医療状況に関するご相談 妻(62歳)の件でご相談させていただきます。 妻は27歳のときに人工弁置換手術を受け、それ以来、循環器専門病院で経過を見てもらっています。現在もワーファリンや昇圧剤などを処方され、治療を継続しています。 しかし、今年2月、自宅でゴミ出しの際に不整脈による心房細動を起こし、心肺停止状態となりました。救急搬送され、大学病院に入院。低体温療法を受け、人工呼吸器も装着されました。 その後、2月中旬に人工呼吸器の専門病院へ転院し、呼吸器の離脱を目指して療養を続けています。現在は、鼻からの栄養補給と気管切開により人工呼吸器を使用しています。3月頃からはリハビリも開始されています。 3月中旬、医師より「排便時に鮮血が見られる」との報告を受け、腫瘍マーカーも上昇しているとの説明がありました。その約1週間後、胃からの出血が確認され、胃カメラでの検査の結果、胃底腺ポリープが原因であると診断されました。ワーファリンの調整により、出血は約2週間で収まりました。 その後もリハビリを継続しており、現在では以下のような状態です: 車椅子を自力で動かすことができる 平行棒を使っての歩行も可能(約10m、支えがあれば) 支援があれば立ち上がることもできる 両手に震えが見られることがある 意識や会話、記憶については良好で、意思疎通も問題なくできます。ただし、夜間に不安からパニック症状が出ることがあり、病院からも「何度か発作が見られた」との報告を受けています。 先日、病院より転院に関する連絡がありました。内容としては: 循環器の状態は安定している 今後 下血の検査や治療のため、消化器内科のある病院を探している ただし、現在の状態が「全介助」であるため、受け入れ先がなかなか見つからない 治療ではなく、検査のみが可能な病院になる可能性もある さらに、療養型病院への転院も選択肢として提示されています。 家族の希望と今後の展望について 家族としては、最終的に自宅に戻ることを目標にしています。そのためには以下のような希望があります。 回復期リハビリテーション病院への転院 気管切開の閉鎖を行い、再び言葉を話せるようになること 必要に応じて、消化器の治療や継続的なリハビリを受けられる体制の確保 このような段階的な回復を目指すことは、現実的に可能なのでしょうか?また、どのような選択肢や準備が必要になるのか、ご助言いただけますと幸いです。

5人の医師が回答

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