痛みが取れて寿命が延びることも…。「緩和ケアへの誤解」を現場の医師が語る

  • 作成:2021/12/26

緩和ケア、緩和医療という言葉をご存じでしょうか。体の痛みや心の苦しさなどをやわらげ、患者さんの生活の質(QOL)を高める医療です。一般には「がんで治る見込みがなくなったら行く場所」のようなイメージがありますが、それだけが緩和ケアの役割はありません。緩和ケアの最前線で活躍する田所園子先生に、現場の様子について解説していただきました。

この記事の目安時間は6分です

痛みが取れて寿命が延びることも…。「緩和ケアへの誤解」を現場の医師が語る

医師でも緩和ケアを誤解していることがある

「緩和ケアは、がんで死ぬ人を看取る医療ではありません。
緩和ケアは一日一日を大切に最期まで生き抜くことを支える医療です」

これは私が患者さんやご家族に最初にお話することです。緩和ケアでできることをまずお話し、皆さんがもっているイメージを大きく変えることが目的です。
緩和ケア科へ紹介となる方の多くは「もう治療はできないから、緩和へ」と言われてきます。私の前に座る患者さんの中には怒りを抱えた方も多く、まずその気持ちを伺うことから始まることも多々あります。
「ずっと頼りにしてやってきたのに、最後はほとんど顔もみずに緩和へ行けと言われた」「治療しているときには『頑張りましょう』と言ってくれたのに、治療できなくなったらぽい!」といった話をされ、多くの方が見捨てられたように感じています。
そして緩和ケアには何の期待も持っておらず「死ぬまでよろしくね」とか「ここに来たらもう終わりですよね」いったようなコメントをされます。

医師でも緩和ケアを正しく理解されていないことがあり、私は「緩和ケアをやるなんて偉いね」「治らない人の相手をして楽しい?」などと言われることがあります。世の中の緩和ケアに対するイメージはまだまだ「死」を連想させるマイナスのイメージが強いようです。

患者が抱える問題を、話し合いながら解決していく

しかし、緩和ケアを早期から受けることでQOL(Quality of Life=生活の質)が改善され、場合によっては寿命も延びるといわれています。実際、緩和医療、緩和ケアで患者さんの困っていることを解決すると、before→afterではないですが苦痛表情で顔が歪んでいた方が笑顔になるということはよくあります。「もっと早く先生に会いたかった」「緩和ケアを知らなかったことが悔しい」といった内容のお話を聞いたことは1回や2回ではありません。

緩和ケアでは、患者さんの話をよく聴き、問題点を明らかにする。それをみんなで共有して解決します。解決のための手段は医療者が決めてしまうのではなく、患者さんやご家族と一緒に考えて決めていきます。なぜなら、患者さん個々に生活スタイルも価値観も異なるからです。痛み一つとってみても、痛いのは絶対に嫌という方もいれば、多少は我慢するので薬はなるべく控えたいという方もいます。その方のQOLを改善するための手段を見つけていくことが大切なのです。

がん=身体の痛みとは限らない

ある40代の子宮がんの患者さんは、痛みに対し医療用麻薬を処方されました。服用後も痛みは全く改善しなかったため、主治医に相談しようと次の診察日を心待ちにしていました。しかし、診察は5分もかからず終了してしまい「痛いなら薬を増やしますね」と言われ診察室を出るしかなかったそうです。
主治医の代わりにがん看護専門の看護師(緩和ケアチームの一員)が話を聞いたところ、この女性の痛みはがんによる身体の疼痛ではなく、不安な気持ちから来る痛みでした。がんになったことで家族の中での役割を担うことができなくなり、周囲に迷惑をかけていると考えるようになったことで精神的苦痛を感じていました。
精神面もフォローしながら丁寧に話を聞くことで徐々に解決することができ、気持ちの問題も痛みもほぼゼロとなりました。「がん=身体が痛い」と単純に捉えられがちですが、痛みにも様々な種類があり、原因も様々、解決方法も様々なのです。

60代の男性は前立腺がんで長く治療を続けていました。体調は特に問題なく経過していましたが、腰痛が出現し日常生活に支障をきたすようになりました。主治医に相談しましたが、痛み止めを処方され様子を見るように言われました。ところが、痛みはどんどん強くなり、一人で立つこともできなくなっていきました。
主治医から疼痛管理を依頼された緩和ケア科で診察すると、前立腺がんの骨転移による痛みと診断されました。その後、放射線治療を受けて痛みは軽減し、また歩けるようになりました。このように、がんそのものを治すことはできなくても、緩和ケアや緩和医療により問題が解決できれば生活は大きく変化するのです。

「どう生きたいか」と「どう逝きたいか」を深く話す

一方で、緩和ケアが終末期の看取りを担っているのも事実です。その場合も「最期まで生き抜く」ことに変わりはなく、決して「死を待つ」わけではありません。「どう生きるか」が「どう死ぬか」につながると考えています。

全ての患者さんとではありませんが、「どうやって逝きたい?」と話すこともあります。生き方は死に方です。緩和ケアや緩和医療を通じて出会った患者さんとは「どう生きたい?」を徹底的に話していくので、その延長で「どう逝きたい?」という話になるのはごく自然なことだと思うのです。

患者さん自身が「これからどうなるのか?」と問うこともあります。患者さんの知りたい気持ちにはいつも真正面からお答えします。そういった“やりとり”から「どうしたい」を見つけ出していくのです。時に「早く死にたい」「終わらせて」と言われることもありますが、そんな時には「どうしてそう思いますか?」とお気持ちを伺いながら問題を見つけていきます。生きることからも死ぬことからも決して目をそらさず、とことん“その人らしさ”を追求しながら生活を支えます。

「家族の痛み」にも緩和ケアは必要

患者さんを支えるご家族にも緩和ケアが必要です。
特に病状が進んで困り事が増え、解決できない問題が増えてくると一番近くで見ているご家族の苦しみは日に日に増していきます。食べたいけど食べられない、動きたいけど動けないといった患者さんの苦痛は、ご家族の苦痛にもなるのです。解決はできませんが、苦痛を「緩和」することで前に進むことができると感じています。

お別れの時が近づくと、ご家族にはこれからのことを説明します。一緒に居られる時間に限りがあるからこそ知っておいて欲しいことをしっかりお伝えしていきます。そうして、ご家族になるべく悔いのない時間を過ごしていただきたいと思っています。

緩和ケア医として嬉しいことは、がん患者さんが日常生活の中で自分らしく生活できることや、看取らせていただいた患者さんのご家族に「こんなふうに死ねるなら最高」「私の時にも先生に頼むね」と言っていただけることです。
緩和ケアや緩和医療に関心を持っていただき、正しく理解していただけるよう発信を続けていきたいと思います。

田所園子(たどころ・そのこ)

医療法人生寿会 かわな病院/内科、緩和ケア、麻酔科

1995年高知医科大学医学部卒業。 同大学医学部麻酔科蘇生科入局。41歳の時に子宮頸がんが見つかり、手術を受ける。しばらくはがんであることを受け止めきれず、周囲に言えない日々を過ごした。現在は、がんの経験を生かして緩和ケアに携わり、患者によりそう医療を提供している。

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