五十嵐留梨子さん(仮名):HAEと診断、日常はどう変わる?患者に聞く実情

  • 作成:2022/06/30

全身のあらゆる個所に、むくみが発生する遺伝性血管性浮腫(HAE)。この数年で治療環境が大きく変わりつつあるこの疾患の推計患者数は、約2500人。希少疾患ということもあり社会的な認知は十分ではなく、当事者である患者や医療者による啓発が行われています。 今回編集部では、HAEの患者である五十嵐留梨子さん(仮名)を取材。五十嵐さんがHAEだと医療機関で診断を受けたのは、出産を控えた30年ほど前、原因不明の「むくみ」が現れたことが発端だったそうです。それ以降、当事者としてこの疾患に向き合い続けてきた五十嵐さんに、患者から見える実情について伺いました。

この記事の目安時間は3分です

HAEと診断、日常はどう変わる?患者に聞く実情

(画像素材:ピクスタ)

妊娠4か月目で現れた原因不明の「むくみ」

まず、HAEと診断を受けた当時のことを教えてください。

私がHAEの症状を初めて自覚したのは、30年ほど前、第2子の妊娠4か月目に突然、左腕が腫れたことがきっかけでした。以前に甲状腺機能こう進症で病院にかかっていたので、それに付随した症状なのだろうかと、はじめのうちは思っていたんです。しかし実際はそうではなく、通院していた病院でも、大学病院でも、原因は分かりませんでした。

ご妊娠中ということもあって、不安は大きかったのではないでしょうか。

第1子の妊娠時にはない症状でしたから、とても怖かったですね。腫れも最初は左腕に発現したのに、徐々に右腕へと移っていって――当時の私からすれば、体験したことのないような症状でしたから。

とはいえ、浮腫自体は3-4日で消失していったんです。それで「治ったなら、大丈夫なのかな」と気を取り直そうとしたところ、1か月ほどで2度目の発作が起こりました。今度は、嘔吐が止まらなくなったんです。

今であれば、あの消化器症状もHAEによるものだと理解できるのですが、当時は何が起こっているのか見当もつかず、困惑しました。

「つわりにしてはひどすぎる」と、取り急ぎ病院で注射を打ち、家に帰ろうとしていた矢先、今度はのたうち回るような激しい腹痛が襲ってきて―――再度病院で診てもらったら、「腹水が1リットルくらい溜まっている」と、急きょ開腹手術を受けることになりました。

そして、やがて医師からHAEの可能性を示唆されたんです。その後、主治医をはじめとする医療者の方々のご協力もあって無事出産を終えることができ、とても安堵しました。

はじめての症状から1か月ほどで、「HAE」という診断がついたのですね。

そうなりますね。

私は本当にラッキーなケースでした。開腹手術をしてくださった病院に、医師国家試験でHAEが出題されていたことを覚えていた先生がいらっしゃったんです。

あとでほかの患者さんの話を聞いたところ、初回の発作から診断まで10年以上かかる方も珍しくなく、「HAEに詳しい医師にたどり着くまでに多くの時間を費やした」という患者さんは全国的にみても本当に多いようでした。今はインターネットなどで「もしかして自分はHAEかもしれない」と見当をつけて受診する人も多いと聞きますし、実際にHAEに関する情報は昔よりは増えてきていると思うのですが、「適切な医療機関を受診するのに時間がかかって診断が遅れがち」というのは、依然として大きな問題なのだと思います。

振り返ってみると、診断がつく前からHAEによるものだと疑われる症状はありましたか。

記憶をたどる限り、私自身にHAEが原因だと思われる発作はなかったのですが、実は父方の親戚が、喉頭浮腫(※編注:浮腫により喉が閉塞し、息がしづらくなる状態)で亡くなっているんです。HAEは遺伝性の疾患なので、父方の家系からの遺伝なのだと理解しました。

「いつ発作が起こるか分からない」日常生活での悩みは

HAEだと診断されて以降、日常生活はどのように変わりましたか。

当時は、日本国内でもまだHAEの治療自体「まだまだこれから」という時期でしたし、今のように、インターネットが発達している環境でもありませんでした。ですから、特に最初のうちは、主治医の先生と二人三脚で治療に挑む日々でしたね。HAEの治療薬はそのころからありましたが、どういうタイミングで投与するのがベストなのかなど、主治医の先生が調べながら対応してくださいました。私自身もこの病気をもっと理解したくて、患者会の活動に参加するようになり、ほかの患者さんや、治療に当たられている医師の方々などから情報をもらいながら、治療方針や、日常生活における注意事項を探っていきました。

HAEによる発作は、定期的に起こり続けていたのでしょうか。

そうですね。特に出産後は、定期的に腹痛に見舞われ、数か月に1回以上のペースで入院を繰り返すようになっていきました。幼い子どもがいる中で、家にいられないことは大きなストレスでしたね。顔や手が腫れることもあり、子ども2人の小中高の入学式・卒業式も、半分くらいは腫れで靴が履けないような状態で参加している状況でした。大好きなコンサートの最中に発作が起こって手が腫れてしまって、悲しい思いをしたこともありました。

このように定期的に現れる発作それ自体もストレスですが、患者としては「いつ発作が起こるかわからない」と、不安な気持ちを抱えて過ごすことも、つらいです。HAEの場合最も恐ろしいとされるのは、浮腫が喉で起こり気管が閉塞してしまう「咽頭浮腫」ですが、それがいつ起こるか分かりませんから。

現在は、発作後すぐに打てば症状が軽快する自己注射なども出てきているので、治療環境はかなり改善されているのだとは思います。ですが、それでも周りに人がいない環境に行くのは不安で、特にHAEを診てくれる医療機関がないような地域には、なかなか足を運びづらい。発作が起こるタイミングはかなり不定期なのですが、「もしかしたら、あの時の行動が引き金だったのかもしれない」なんて考えだすと怖くなって、自分の行動に制限をかけてしまったりして――。こうした気持ちについては、周囲からは理解しづらいですよね。このような「当事者ならではの思い」については、今も患者会で打ち明けあったり、定期的に主治医を受診して医学的な観点からの見解を伺ったりしています。以前と比べると、得られる情報の幅も広がりましたし、治療の選択肢も広がっているので、行動を起こして情報を取りに行くことは、とても重要だと感じています。

HAEの治療においては、予防薬も登場し、環境が大きく変わりつつあると聞きました。

そうですね。周囲の患者さんたちは、予防薬の登場をとても喜んでいる方が多い印象です。私自身はまだ処方を受けるか検討中で、主治医の先生と相談しているところです。

治療環境改善の一方、残る課題も

初めての発作から30年ほどを経て、この病気に対する今のお考えをお聞かせください。

30年前と比べれば、治療薬のラインナップも増えましたし、海外の情報なども入ってくるようになったため、昔だったら分からなかったようなことが、分かるようにはなってきていると思います。こうしたこと自体は良いことだと思う一方で、HAEをめぐってはまだまだ、「社会的な認知が低いこと」が課題だと感じています。

日本国内でも患者数2500人の希少疾患ということもあって、医療現場においてでさえHAEの治療や、患者の実情を理解してくださる方はどうしても少ない印象です。HAEの場合特に、浮腫が現れたり、腹痛が現れたりと症状が発現する部位の幅が広い分、患者側があらゆる診療科目を受診した結果、診断が遅れてしまいがち。仮に診断が下ったとしても、HAEに詳しい医師がいる時間帯に受診しないと、スムーズに診察が進まない場面はどうしてもあります。こうした問題は、HAEだけではなく希少疾患全般にも言えることではあるので、複数の患者会や、治療にあたってくれる医療者の方々とも連携しながら、解決していけると良いなと思っています。

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